[フィールドワークとは]
今日フィールドワークという語は,人文社会科学や自然科学の別を問わず,各学術領域において多様な定義がなされており,一概に把握することは難しい。一方で,これらの複数の領域にまたがる共通した感覚も存在している。すなわち,野(=フィールド)における研究というニュアンスであり,書斎や図書館・公文書館,あるいは実験室などにおける屋内での研究と対比される,野外における学問的な営為を包括的に表している。
フィールドワークの方法論を類型化するならば,まず人文社会科学系と自然科学系の二つに分けられる。後者においては,地質学や動物・植物学などにおいてみられるように,野外における現場観察や観測,各分野の方法論に基づいた調査法の実施という意味合いが強く,「野外科学」という語が当てはめられることもある。広義の科学が自然哲学(Natural philosophy)と博物学(Natural history)に大別された19世紀には,後者にとってフィールドワークを通しての標本の収集とその分類は,決定的に重要な手続きであった。
人文社会科学系では,現地を訪れて行う社会調査という意味合いが強く,その調査法は関与型と非関与型に大きく分類できる。関与型(社会調査)は,いわゆる人類学的もしくは民族誌的な方法論を指し,現地社会の活動に参加したり,直接参加しないまでも密着取材を行うなど,現地の人々に何らかの関わりを持ったりするものである。一方,非関与型(社会調査)は,現地の人々とは直接的な関係を持たず観察を行うタイプ(現場観察)や,アンケートの配布や質問リストなどを用いた構造的なインタビューのようなサーベイ調査が含まれる(佐藤 1992年)。
本項目では,とくに近年その重要性が主張され,大学のカリキュラムに組み込まれてきた人文社会科学分野におけるフィールドワーク教育,とりわけ関与型の社会調査実習に焦点を絞る。
[人類学と社会調査]
狭義のフィールドワークは,文化人類学がその核として構築してきた方法論である。イギリスの人類学者マリノフスキー,B.K.による『西太平洋の遠洋航海者』(1922年)がその端緒となり,長期間の参与観察を通じて民族誌(エスノグラフィー)を作成するという研究の型が形成されていった。現地社会に長期間身を置き,現地の言語を習得し,人々との交流を通じて親愛(ラポール)関係を構築しながら,人々の生きる世界を「内から」理解するというこの方法論は,基本的には研究者が単独で行うものとして構築されてきた。一方で,社会学や民俗学,人文地理学などにおけるフィールドワークは短期的(数日から数週間)なものも多く,かつ現場でのデータ収集に関しても人類学ほどに濃密な人間関係が必要とされないため,大学教育のカリキュラムにおける社会調査として適応可能なものとみなされてきた。人類学教育においても,後者に近い短期的な社会調査実習の方法が模索されてきている。
[大学での学習]
社会調査実習が大学教育で重視されるようになったことは,2008年に社会調査協会(日本)が設立され,社会調査士(日本)の資格認定に沿ったカリキュラムが多くの大学で採用されていることからも理解できる。近年のこの動きは,知識・技術・文献講読力などの習得から得られる教育的効果に並び,実際に現場で経験を積み重ね,自ら課題を見つけ,自ら情報を収集し,自ら問題解決に向けた方法を探し出すという,主体的で創造的な能力を伸ばす教育のあり方に着目が集まっていることと連動している。このような能動的な学習形態は,いわゆるアクティブ・ラーニングやPBL(Project-based Learning,課題解決型学習)教育の一つの潮流として捉えることができ,総合的で主体的な学習環境の構築が急務とされてきた。
[フィールドワークと地域貢献]
また,近年の「大学の地域連携・地域貢献」への期待が高まるなか,フィールドワーク教育のもたらす地域へのさまざまな効果が注目されてきた。地域社会にみられる多様な資源や文化事象に関する聞き取り・資料収集・記録・分析などを行う関与型のフィールドワークでは,地域住民も調査過程に大きく関与することになる。このことは,住民が自らの生活世界を客体化する契機を得るとともに,外部からやってくる他者との接触から生まれる刺激が精神的な活性化に結びつくことや,調査結果を応用することによる新たな地域開発の可能性にもつながる。また,継続的な大学の関与により,さまざまな立場を持ちうる住民の横断的な関係性が生み出されることになり,公共性が形成されるという側面もあるだろう。こうしたつながりの中から,次世代の地域社会の担い手が育成されていくという状況も期待されている。
[フィールドワーク教育の課題]
このようにフィールドワークは,大学における新たな教育的効果や,地域貢献などのプラスの面が強調される傾向にあるが,一方でその方法論や具体的な成果,社会還元に対する議論が蓄積されてきたとは言い難い。フィールドワーク教育はそれぞれの分野で,個別の教員の裁量に任されていることが多く,かつその経験が共有されてこなかった。また,「調査被害(フィールドワーク)」という言葉で示されるように,調査者と現地住民の間で生じるさまざまな軋轢や負の影響への対策や解決策も議論されるべき重要項目だろう。フィールドワークとは見知らぬ他者との間で構築されていく関係そのものが,調査者と被調査者の双方の「学び」の過程となることがその骨子である以上,関係構築に関する方法論や事後処理における,ある程度共有すべき調査倫理が構築されることが望まれる。
著者: 小西公大
参考文献: 佐藤郁哉『フィールドワーク―書を持って街へ出よう』新曜社,1992.
出典 平凡社「大学事典」大学事典について 情報
文化の異なる社会に長期間住み込み、人々とその文化を現場の事態に即して調査研究すること。野外調査と訳される。人類学者モルガン(1818―81)のイロコイ人調査以後、19世紀末期から現地調査が行われるようになったが、トロブリアンド諸島での調査成果をマリノフスキーが『西太平洋の遠洋航海者』(1922)で発表して以来、先住民の視点に添った文化の全体的理解を目ざす現代人類学にとって、フィールドワークは必須(ひっす)の方法となった。民族誌として結実するこの方法は、参与観察を特徴とする。原地語を学び、人々の活動場面(狩猟、農耕、宗教儀礼、争議、祝祭など)に参加し、主体的参与経験と観察を同時に行う。地位や役割の違う人々から、活動の意味、説明、解釈を聴く作業も重要である。
調査者はまず異人として現地に登場することになるが、そこから試行錯誤しつつ人々とどのような関係をつくりあげるかが調査の方向と過程を左右する。村長などの許可を得、近くに住んでその社会の作法とタブーに注意しながら人々と多く接触し、なんらかの形で人々に受け入れられること(ラポールの成立)が調査の第一歩となる。その地に暮らし、人々との感情に彩られた交流がこうして生じるが、理想とされる参与観察的態度の実際は一様ではない。調査者の異人性、年齢、性別、人数による局面への影響などの問題とともに、人類学的理解の発生するこうした交流の性質についてさらに検討を要しよう。エスノセントリズム(自民族中心主義)を克服し、親族、経済、政治組織、呪術(じゅじゅつ)信仰、世界観など、社会と文化の全体的理解を目ざす人類学的認識は、フィールドワークから生み出されるが、その調査過程を実証主義的方法を超えうる現象学的了解過程としてとらえる試みがある。異文化理解の実践というフィールドワークの営為は、こうして人間科学認識論にとって重要なばかりでなく、現代世界に現れた人間精神の営為として、思想史的にも注目されよう。
[宮坂敬造]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
年齢を問わず、多様なキャリア形成で活躍する働き方。企業には専門人材の育成支援やリスキリング(学び直し)の機会提供、女性活躍推進や従業員と役員の接点拡大などが求められる。人材の確保につながり、従業員を...
10/29 小学館の図鑑NEO[新版]動物を追加
10/22 デジタル大辞泉を更新
10/22 デジタル大辞泉プラスを更新
10/1 共同通信ニュース用語解説を追加
9/20 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新