イフワーン・アッ・サファー(読み)いふわーんあっさふぁー(英語表記)Ikhwān al-safā

日本大百科全書(ニッポニカ) の解説

イフワーン・アッ・サファー
いふわーんあっさふぁー
Ikhwān al-safā

「誠実な兄弟」の意で、10世紀後半に南イラクバスラを中心に活動した知識人グループ。この名称は、中世ペルシア語の原本をもとにしてイブヌル・ムカッファーが書いた『カリーラとディムナ』のなかの「首輪をつけた鳩(はと)」の章からとられた。このグループは、当時イスラム圏の知的中心地であったバグダードとバスラにかなり多くの共鳴者をもち、共同で一種の百科全書『ラサーイル・イフワーン・アッ・サファー』を書き表した。今日50ないし52の書が伝えられているが、アブー・スライマーン・アル・ブスティー、アブル・ハサン・アッ・ザンジャーニー、アブー・アハマド・アル・マフラジャーニー、アブル・ハサン・アル・ウーフィーおよびザイド・イブン・リファーイヒの5人の著者の名が知られているにすぎない。

 このグループは、正統イスラム教にとって異端であるイスマーイール派やカルマット派、さらには、イランのゾロアスター教や、ギリシアの新ピタゴラス派、新プラトン派の影響を多分に受けていたと考えられる。イスラム思想史上の大物であるガザーリー、マアッリー、アッ・タウヒーディーらもこのグループと深い関係をもっていた。前記の『ラサーイル』は、ドイツのイスラム学者F・ディーテリチにより1858~72年に独訳付き原文の大部分が刊行されたほか、カイロ版が出版され、カイロ版では次のような構成になっている。(1)数学編(14書)、(2)身体・自然編(17書)、(3)理性・魂編(10書)、(4)聖法編(11書)。全体的に科学、哲学的色彩が強く、当時イスラム思想界に行われていた合理思想的傾向をもつムウタジラ派との結び付きをみる研究者のほか、このグループに秘密結社性格を認める人もおり、中世イスラム思想史上、重要な役割を果たしたと考えられる。

矢島文夫

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

改訂新版 世界大百科事典 の解説

イフワーン・アッサファー
Ikhwān al-Ṣafā'[アラビア]

〈純粋な兄弟たち〉を意味し,イスマーイール派の宗教的政治秘密結社。その成立年代は明らかではないが,10世紀にイラクのバスラを本拠として活躍した。イスマーイール派運動に理論的根拠を与えるために同派に属した哲学者・思想家がこの組織を結成し,10世紀後半に共同執筆によって《ラサーイル・イフワーン・アッサファー》という膨大な百科全書的教書をアラビア語で著した。この教書は4部52編からなり,第1部は序論・数学・論理学,第2部は霊魂論・自然哲学,第3部は形而上学,第4部は神秘学・占星術などを扱っている。新プラトン派の強い影響を受け,イスマーイール派教義とギリシア哲学との融合を意図して執筆されたこの書は,イスラム世界の思想家たちに非常な影響を及ぼし,11世紀初めにはスペインにまで及んだ。アッバース朝カリフは異端の書として焚書を命じたが,作品は生き残った。
執筆者:

出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

百科事典マイペディア の解説

イフワーン・アッサファー

アラビア語で〈純粋な兄弟たち〉〈純血兄弟団〉の意。10世紀にイラクのバスラを本拠として活動したイスマーイール派の秘密結社の称。同派の教義と新プラトン主義的ギリシア哲学の総合を図った《ラサーイル・イフワーン・アッサファー》なる大部な百科全書的論考を残し,その影響は西方世界(たとえばダンテ)にも及んでいる。

出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 の解説

イフワーン・アッサファー
Ikhwān al-Ṣafā'

「清浄な仲間」の意。 10世紀後半ブワイフ朝下のバスラで結成されたシーア派宗教哲学者の秘密結社的な政治団体。知識の浄化による魂の救済を推し進める目的で,新プラトン主義やスーフィズムを折衷した内容の論文集『ラサーイル』 Rasā'ilを残した。この書はイスマーイール派などに影響を与えている。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

デジタル大辞泉プラス の解説

イフワーン・アッサファー

10世紀頃のイラクで結成されたイスラム教シーア派の宗教哲学者による秘密結社。アラビア語で“純粋な兄弟たち”の意。論文集「ラサーイル・イフワーン・アッサファー」を残した。「純潔兄弟団」ともする。

出典 小学館デジタル大辞泉プラスについて 情報

世界大百科事典(旧版)内のイフワーン・アッ・サファーの言及

【自然誌】より

…これは中世においても知識の源泉として広く普及した。イスラム圏では,10世紀末に〈純潔兄弟団(イフワーン・アッサファー)〉と呼ばれる秘密結社の知識人集団が自然誌《純潔兄弟の学(ラサーイル・イフワーン・アッサファー)》を著したが,さらに膨大で影響力の大きかったのは11世紀のイブン・シーナーで,彼の自然誌は《治癒の書》と題された18巻の大著である。12世紀以後ヨーロッパでも自然誌への関心が高まり,プリニウスの抜粋本が多くつくられたほか,13世紀に入ってバーソロミューBartholomewの《事物の特性について》,ザクセンのアルノルトArnold von Sachsenの《自然の限界について》,カンタンプレのトマThomas de Cantimpréの《自然について》,バンサン・ド・ボーベの《自然の鏡》,アルベルトゥス・マグヌスの《被造物大全》など多くの自然誌を生んだ。…

※「イフワーン・アッ・サファー」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

今日のキーワード

世界の電気自動車市場

米テスラと低価格EVでシェアを広げる中国大手、比亜迪(BYD)が激しいトップ争いを繰り広げている。英調査会社グローバルデータによると、2023年の世界販売台数は約978万7千台。ガソリン車などを含む...

世界の電気自動車市場の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android