朝日日本歴史人物事典 「イング」の解説
イング
生年:1840.8.22
明治期のアメリカ・メソジスト監督派の宣教師。南北戦争(1861~65)に北軍義勇騎兵隊に大尉として参加したのち,1868年インディアナ・アズベリー大学を卒業,1871年,M.A.を受ける。翌年,宣教師の任命を受け,中国に赴任,明治7(1874)年妻L.E.イングの健康上の理由などにより帰国休暇。途上滞在した横浜で,東奥義塾の菊池九郎と雇用契約を結び,同年末着任。東奥義塾第3代目外国人教師として,英語,理学,化学,博物,数学,史学を講じる一方で,本多庸一と協力して伝道,同8年10月に弘前公会の設立を導く。なお,同公会は翌年12月にメソジスト監督派所属を決議,イング自身は同10年8月より宣教師の身分に復帰。その前年,天皇の東北巡幸に際し学業天覧を準備,同10年には珍田捨己,佐藤愛麿らのアメリカ留学を斡旋。また,西洋リンゴを紹介,一説に印度リンゴの名は「インディアナ」にちなむ。妻も同義塾で教え,「慈母」と慕われた。同11年帰国。1881年妻病没ののち年会を退き,1884年再婚。イリノイ州で農業を営み,市井の人として過ごす。<参考文献>山本博「弘前からの最初の米国留学生達」「ジョン・イングと弘前バンド」(弘前大学教養部『文化紀要』21,26号)
(小檜山ルイ)
出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報