亭院とも。奈良末期に文人の大納言石上宅嗣(いそのかみのやかつぐ)が設立した外典(げてん)の書庫。設立年代は未詳。「続日本紀」天応元年(781)6月辛亥条によれば,宅嗣は邸宅を阿閦(あしゅく)寺(平城京左京2条3坊9・16町付近と推定)となし,その一隅に
亭を設け好学の徒には自由に閲覧を許可したという。
亭の条式には,内外両門(仏教と儒教)はもとは一体で,内典を助けるために外典を加えるという理念が記される。桓武朝から平城朝に活躍した文章博士(もんじょうはかせ)賀陽豊年(かやのとよとし)は,
亭で数年間群書をひろく究めたという。宅嗣の薨伝を収める「続日本紀」巻36が撰進された794年(延暦13)頃には存続していたらしいが,「綜芸種智院(しゅげいしゅちいん)式」の書かれた828年(天長5)頃にはすでに廃絶していた。日本における公開図書館のはじめとされる。
出典 山川出版社「山川 日本史小辞典 改訂新版」山川 日本史小辞典 改訂新版について 情報
出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
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