おとうと

日本大百科全書(ニッポニカ) 「おとうと」の意味・わかりやすい解説

おとうと

日本映画。1960年(昭和35)、市川崑(いちかわこん)監督。原作は幸田文(こうだあや)。げん(岸恵子(きしけいこ)、1932― )は、弟の碧郎(へきろう)(川口浩(かわぐちひろし)、1936―1987)、作家の父(森雅之)、体の不自由な継母田中絹代)と暮らしている。不良になってしまった碧郎に対して、げんは手を焼きながらも愛情をもって接する。だが碧郎は病に倒れ、げんの看病もむなしくその命を落とす。父と母の両方の役割を果たさなければいけない姉と、その姉に甘える弟との深い信頼関係が表現されており、たとえば姉弟の取っ組み合い喧嘩(けんか)の場面は、その激しさゆえにかえって二人の絆の深さを感じさせる。市川の監督作には文芸作品の映画化が少なくないが、そのなかでも代表的な一本。また、本作はカラー作品でありながらも発色が抑えられており、独特の雰囲気を醸し出している。

[石塚洋史]

『『世界の映画作家31 日本映画史』(1976・キネマ旬報社)』『『映画史上ベスト200シリーズ 日本映画200』(1982・キネマ旬報社)』『佐藤忠男著『日本映画史2、3』増補版(2006・岩波書店)』『猪俣勝人・田山力哉著『日本映画作家全史 下』(社会思想社・現代教養文庫)』『文芸春秋編『日本映画ベスト150――大アンケートによる』(文春文庫ビジュアル版)』

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改訂新版 世界大百科事典 「おとうと」の意味・わかりやすい解説

おとうと

1960年大映製作の映画。《プーサン》(1953)をはじめとする一連の風刺コメディから,1950年代後半《ビルマ竪琴》《炎上》《鍵》《野火》といった文学作品の映画化に進んだ市川崑(1915-2008)監督の円熟期の代表作。原作は幸田文(1904-90)の同名の自伝的小説で,これを水木洋子脚色した。時は大正の末,原作者の父の幸田露伴を連想させる作家(森雅之)と,その後妻で,リウマチで足が不自由なクリスチャンの継母(田中絹代が好演)の,冷えびえとした家庭で,きっぱりと生きる姉(岸恵子)とぐれぎみの弟(川口浩)とが,絶えまない口げんかという形でお互いへのいたわりを示す。この裏返しの愛情表現が,モダニズム派,市川崑の語り口に適合した。発色の途中で現像を止めるという方法による,アグファカラーの沈んだ色調の中で,市川崑独特の,やや誇張ぎみの,ときとしてユーモラスな演技が,古典的でしかも斬新という異質の調和のドラマを生んだ。シネマスコープ画面の下半分を瓦屋根が占める俯瞰(ふかん)で,弟を含む白絣の不良学生グループが本屋へ入っていく。同じ構図のままオーバーラップすると,黒マント姿の学生たちが本屋の店員の叫び声に追われて逃げ去る。これだけで,夏から冬にかけての半年間に彼らが万引を繰り返していたことが示される。また,弟が結核で死に,失神して別室へ運ばれた姉が,やがて起き上がり,エプロンをつけ,入ってきた継母に〈休んでて下さい〉といい残して病室へもどっていくフルショットの一隅に,エンドマークがいち早く現れる呼吸(《炎上》(1958)にも用いられた)が象徴するように,乾いた客観的なタッチで一貫したことが,かえって深い哀感を観客の心に刻み込んだ。《キネマ旬報》の第1位に選ばれたが,反面,この年,台頭と受難のときを迎えた〈松竹ヌーベル・バーグ〉の大島渚によって,この作品で市川が“巨匠”の列に入ってしまったと批判もされている。
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デジタル大辞泉プラス 「おとうと」の解説

おとうと

①幸田文の長編小説。婦人公論にて1956~1957年連載。
②①を原作とした1960年公開の日本映画。監督:市川崑、脚色:水木洋子、撮影:宮川一夫、美術:下河原友雄。出演:岸恵子、川口浩、田中絹代、森雅之、仲谷昇、浜村純、岸田今日子ほか。第34回キネマ旬報ベスト・テンの日本映画ベスト・ワン作品。第11回ブルーリボン賞作品賞、監督賞、撮影賞受賞。第15回毎日映画コンクール日本映画大賞、監督賞、撮影賞、美術賞、女優主演賞(岸恵子)、女優助演賞(田中絹代)、男優助演賞(森雅之)ほか受賞。
③NHKのテレビドラマ「少年ドラマシリーズ」の作品のひとつ。①を原作とする。放映は1981年8月。脚本:関功。出演:秋吉久美子、高野浩之ほか。
④①を原作とした2010年公開の日本映画。監督:山田洋次。出演:吉永小百合、笑福亭鶴瓶、蒼井優、加瀬亮、小林稔侍ほか。

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