コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

田中絹代 たなかきぬよ

7件 の用語解説(田中絹代の意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

田中絹代
たなかきぬよ

[生]1910.11.29. 山口
[没]1977.3.21. 東京
映画女優,監督。 1924年松竹に入社,『元禄女』に初出演,可憐な娘役でファンに親しまれた。『伊豆の踊子』 (1933) ,『お琴と佐助』 (35) ,『愛染かつら』 (39) などが有名。第2次世界大戦後,『西鶴一代女』 (52) ,『煙突の見える場所』 (53) などで演技派スターとしての座を確立,『サンダカン八番娼館・望郷』 (74) ,『三婆』 (74) でキネマ旬報女優賞を受賞した。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉の解説

たなか‐きぬよ【田中絹代】

[1909~1977]映画女優。山口の生まれ。少女時代からスターの地位を確立、晩年まで第一線にあった。監督としても活躍。出演作「愛染かつら」「西鶴一代女」「サンダカン八番娼館・望郷」など。

出典|小学館 この辞書の凡例を見る
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

百科事典マイペディアの解説

田中絹代【たなかきぬよ】

映画女優。下関生れ。1924年松竹に入社,1931年日本最初のトーキー映画となった五所平之助監督《マダムと女房》に主演する。親しみやすい容姿と個性とで純情派のスターとなり,《伊豆の踊子》(1933年),《愛染かつら》三部作(1938年―1939年)等に出演。
→関連項目雨月物語(映画)佐田啓二山村聡

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. ご提供する『百科事典マイペディア』は2010年5月に編集・制作したものです

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

田中絹代 たなか-きぬよ

1909-1977 昭和時代の映画女優,監督。
明治42年12月29日(戸籍上は11月29日)生まれ。大正13年松竹に入社,「元禄女」でデビュー。昭和8年「伊豆(いず)の踊子」で人気を博し,13年「愛染かつら」が大ヒットする。戦後も「雨月物語」「楢山節考」などに出演。28年「恋文」で日本初の女性監督となる。49年の「サンダカン八番娼館(しょうかん)・望郷」でベルリン国際映画祭主演女優賞。昭和52年3月21日死去。67歳。山口県出身。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典 第2版の解説

たなかきぬよ【田中絹代】

1910‐77(明治43‐昭和52)
映画女優。平凡な容貌と芯の強さを感じさせるけなげなイメージがそのまま個性となって,おそらく日本映画ではもっとも長く人気を保持した女優である。山口県下関に生まれ,14歳で松竹蒲田撮影所に入社。出世作《恥しい夢》(1927)からファンの人気を一身に集めたヒット作《絹代物語》(1930)をへて,日本映画における最初の本格的トーキー《マダムと女房》(1931),川端康成原作の《伊豆の踊子》の最初の映画化(1933)等々に至る五所平之助監督作品を中心に,《感激時代》(1928)から《山の凱歌》(1929)に至る鈴木伝明主演,牛原虚彦監督による青春スポーツ編や,《大学は出たけれど》(1929)から《落第はしたけれど》(1930)に至る小津安二郎監督作品,トーキー最初の《金色夜叉》や《忠臣蔵》(ともに1932)をへて《私の兄さん》(1933)に至る林長二郎とのコンビ作品などを通して,〈明るくあたたかく未来を見つめる〉蒲田映画のシンボルとなり,〈蒲田の誇り〉とまでたたえられ,スター女優第1号の栗島すみ子を抜いて松竹蒲田の看板スターになる。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

大辞林 第三版の解説

たなかきぬよ【田中絹代】

1909~1977) 映画女優・監督。下関生まれ。少女期から日本的純情美で人気を得、日本初のトーキー作品「マダムと女房」をはじめ「お琴と佐助」「愛染かつら」などに出演。第二次大戦後は「西鶴一代女」「雨月物語」などで親近感ある女性像を演じ昭和期を代表する女優として活躍した。

出典|三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

田中絹代
たなかきぬよ
(1909―1977)

女優。映画監督。明治42年12月29日、山口県下関(しものせき)市生まれ。筑前琵琶(ちくぜんびわ)の宮崎錦城(きんじょう)に弟子入り、大阪の小学校を中退して琵琶少女歌劇団の舞台に立つ。1924年(大正13)、14歳で松竹下加茂(しもかも)撮影所に入社。『元禄女(げんろくおんな)』の腰元役でデビュー。1925年、松竹蒲田(かまた)撮影所に移り、1927年、五所平之助(ごしょへいのすけ)の『恥(はずか)しい夢』の芸者役で好評を得る。1928年、牛原虚彦(うしはらきよひこ)(1897―1985)監督・鈴木伝明(でんめい)(1900―1985)主演の『近代武者修行』に出演、好評につき『感激時代』『陸の王者』(1928)などに連続出演し、虚彦、伝明、絹代のゴールデン・トリオの人気を不動のものとする。五所平之助の『村の花嫁』(1928)、小津安二郎(おづやすじろう)の『大学は出たけれど』(1929)などで蒲田映画のスターとなる。本邦初の本格的トーキー『マダムと女房』(1931)では、その声でファンを魅了する。1935年(昭和10)には、島津保次郎(やすじろう)の『春琴抄(しゅんきんしょう)・お琴と佐助』で、新境地を開く。1938年、野村浩将(ひろまさ)(1905―1979)の大ヒット作『愛染かつら』のヒロインを演じ、国民的女優となる。1940年、『浪花女(なにわおんな)』で初めて溝口健二作品に主演、女優として開眼する。第二次世界大戦後は、溝口の『西鶴一代女(さいかくいちだいおんな)』(1952)、『雨月物語(うげつものがたり)』(1953)、『山椒大夫(さんしょうだゆう)』(1954)などで、円熟の極みに達する。小津、成瀬巳喜男(なるせみきお)、五所、木下恵介(けいすけ)など、多数の大物監督の映画に出演。1953年『恋文』で監督デビュー、6本の監督作を残す。昭和52年3月21日、死去。享年67歳。[坂尻昌平]
『田中絹代他著『女優の運命――私の履歴書』(2006・日本経済新聞社) ▽石割平編著・円尾俊郎編『田中絹代――日本の映画女優1』(2008・ワイズ出版) ▽伊良子序著『昭和の女優――今も愛され続ける美神たち』(2012・PHP研究所) ▽新藤兼人著『小説 田中絹代』(文春文庫) ▽古川薫著『花も嵐も 女優・田中絹代の生涯』(文春文庫)』

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典内の田中絹代の言及

【五所平之助】より

…日本最初の本格的トーキー《マダムと女房》(1931),川端康成の小説《伊豆の踊子》の最初の映画化(1933,サイレント),高見順の〈焼跡の恋愛小説〉を映画化した純愛メロドラマ《今ひとたびの》(1947),作家の椎名麟三とのコンビによる名作《煙突の見える場所》(1953)などの監督として知られる。また,女優・田中絹代を人気スターに育て上げた功績もある。彼女の出世作になった《恥しい夢》(1927),絹代ファンをいっきょに倍増させたといわれる《絹代物語》(1930)をはじめ,《マダムと女房》では初めて〈ねえ,あなた〉という彼女の甘ったるい声を聞かせ,《伊豆の踊子》ではそのかれんさを印象づけるといったぐあいに,その持味を最大限に引き出した。…

【溝口健二】より

…その後は,ドイツ表現主義映画を模倣した《夜》《血と霊》(ともに1923),左翼イデオロギーを盛った〈傾向映画〉の流行にのった《都会交響楽》(1929),《しかも彼等は行く》(1931),テナー歌手・藤原義江を主演にしたトーキー試作(日活ミナトーキー第1回作品であった)《ふるさと》(1930),また溝口の〈芸道三部作〉とよばれる《残菊物語》(1939),《浪花女》(1940),《芸道一代男》(1941),あるいはまた晩年に挑戦したカラー作品《楊貴妃》《新・平家物語》(ともに1955)等々の意欲作を作るが,これらの間に数多く作られた〈下町情緒とフェミニズム〉(滝沢一評)に貫かれた一連の〈女性映画〉こそが,溝口作品の世界をきわだたせることになる。 初期の田中栄三脚本,梅村蓉子主演の《紙人形春の囁き》と川口松太郎脚本,酒井米子主演の《狂恋の女師匠》(ともに1926)のあと,溝口作品のヒロインを演じて,その〈女性映画〉のイメージを作り上げた女優たちをあげれば,《滝の白糸》(1933)の入江たか子,《浪華悲歌(なにわえれじい)》《祇園の姉妹》(ともに1936)の山田五十鈴(1917‐ ),《浪花女》から《夜の女たち》(1948),《お遊さま》(1951),《西鶴一代女》(1952),《雨月物語》(1953)等々をへて《山椒太夫》《噂の女》(ともに1954)に至る円熟期の溝口作品の田中絹代,《雪夫人絵図》(1950),《祇園囃子》(1953)の木暮実千代,それに若尾文子(《祇園囃子》,《赤線地帯》1956),京マチ子(《楊貴妃》1955,《赤線地帯》)らがいる。《西鶴一代女》《雨月物語》《山椒太夫》がいずれもベネチア映画祭で受賞して世界の注目を浴び,フランスの〈ヌーベル・バーグ〉の監督たち(ゴダール,トリュフォー,ジャック・リベット等々)からはとくに信奉された。…

※「田中絹代」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

田中絹代の関連キーワード飽和磁化腕立て季節感ひやり平平凡凡凡書妖姫ふうわり凡流呈味物質

今日のキーワード

大寒

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

続きを読む

コトバンク for iPhone

田中絹代の関連情報