デジタル大辞泉
「オパバ」の意味・読み・例文・類語
出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例
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オパバ
おぱば
Opava
チェコのモラビア地方北部の都市。人口6万1771(2001)。ドイツ語名トロパウTroppau。オドラ(ドイツ語名オーデル)川支流オパバ川岸の工業都市で、鉱山設備製造、食品、繊維工業が主要な工業である。歴史的にはシレジア(ドイツ語名シュレージエン)に属し、13世紀に起源をもち、1742年オーストリア継承戦争後、シレジアのオーストリア領として残った部分の首都となった。1820年、ナポレオン戦争の勝利国がこの町で会議を開き、ロシア、プロイセン、オーストリアの3国はイベリア半島とナポリの自由主義運動への介入を決めた(トロパウ議定書)。旧市街には多くの歴史的建造物が保存され、シレジア博物館もある。
[中田瑞穂]
出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例
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オパバ
Opava
チェコ東部のモラビア北部にある旧シュレジエンの主要都市。ドイツ名トロッパウTroppau。オパバ川沿いにあり,人口5万9437(1981)。1224年ボヘミア王によって建設され,18世紀までトロッパウ公領。オーストリア継承戦争でオーストリア側に一部わずかに残されたシュレジエン領の主都(1742-1928)。史料,美術品を数多く収集したシュレジエン博物館,ゴシック建築物など見るべき文化遺産が多い。現在では機械・製材・製紙・精糖・薬品・繊維工業が盛んである。
執筆者:稲野 強
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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オパバ
Opava
ドイツ語ではトロッパウ Troppau,ポーランド語ではオパワ Opawa。チェコ東部,モラバ (モラビア) 地方北部の都市。オドラ (オーデル) 川支流のオパバ川の南岸,オストラバの西約 30kmにある。ポーランドとの国境に近く,かつてのシュレジエン (チェコ語ではスレスコ) の一部。 12世紀末から居住が始り,一時はオーストリア領シュレジエンの行政中心地であった。数多くの歴史的建築物,シュレジエン博物館があり,近郊には城がある。鉱山設備,機械,製紙,繊維,薬品の諸工業が盛ん。人口6万 3601 (1991推計) 。
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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