カトコフ
Mikhail Nikiforovich Katkov
生没年:1818-87
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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カトコフ
Katkov, Mikhail Nikiforovich
[生]1818.11.13. モスクワ
[没]1887.8.1. モスクワ近郊ズナメンスコエ
ロシアのジャーナリスト,政治評論家。青年時代には N.V.スタンケビッチの進歩的なグループに加わり,V.G.ベリンスキー,A.I.ゲルツェンらと交わった。 1845~50年モスクワ大学で哲学を講義。その後『モスクワ報知』 Moskovskaya vedomost' (1850~55,63~87) ,『ロシア通報』 Russkii vestnik (56~87) を編集。ジャーナリストとしての活動の初期には,アレクサンドル2世の改革を支持するなど自由主義的立場を示したが,63年ポーランド蜂起を契機に右傾化し,極端な反動家,民族主義者として進歩派を攻撃,アレクサンドル3世の反動政策に大きな影響を及ぼした。
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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カトコフ
かとこふ
Михаил Никифорович Катков/Mihail Nikiforovich Katkov
(1818―1887)
ロシアの評論家、ジャーナリスト。モスクワ大学卒業後、スタンケービチのサークルに入り、ベリンスキーやゲルツェン、バクーニンらに近づき、革新的な立場をとったが、1840年代の初めからは、以前の友人たちから離れて自由主義へと移行し、さらに63年のポーランドの反乱以後は、排外的なナショナリズムを宣伝するようになった。50年代から80年代にかけて、有力な雑誌『ロシア報知』を発行し、ロシアの政治に影響を与えた。
[外川継男]
出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例
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