日本大百科全書(ニッポニカ) 「カルチエ・ブレッソン」の意味・わかりやすい解説
カルチエ・ブレッソン
かるちえぶれっそん
Henri Cartier-Bresson
(1908―2004)
フランスの写真家。慣用的にブレッソンのみを呼称とする場合も多い。パリ郊外のシャントルー生まれ。10代後半は画家のアンドレ・ロートに師事し絵画を学ぶが、イギリスのケンブリッジ大学留学中に本国より徴兵され、北アフリカへ派遣される。兵役中に写真撮影に興味をもち、1930年除隊直後に、当時開発されたばかりの速写性がある35ミリカメラ「ライカ」と出会い、フォト・ジャーナリズムの世界に入る。1930年代には中米、北米を取材旅行、その後ジャン・ルノワールの映画製作に加わる。第二次世界大戦中はレジスタンス運動に参加、戦後の1947年キャパ、シーモアDavid Seymour(1911―1956)らと「マグナム・フォトス」を創設し、写真家が自ら運営する写真エージェンシーの先駆けとなる。カルチエ・ブレッソンの写真作品の特徴は、超現実主義(シュルレアリスム)や立体主義(キュビスム)、そして構成主義など、両大戦間の芸術思潮が写真というメディアに集約されているところで、具体的にはものごとの兆しや残像を鋭いカメラ・アイでとらえる、独特な表現力を示している。その代表作の集大成が1952年に刊行された写真集『決定的瞬間』(Images à la Sauvette、「逃げ腰のイメージ」の意)で、その闊達(かったつ)な写真表現は、広く世界中の写真界に多大な影響を与えた。1970年代なかばには写真から、かつて興味のあった絵画に没頭した。
[平木 収]
『『アンリ・カルティエ=ブレッソン近作集――決定的瞬間・その後』(1966・朝日新聞社)』▽『『写真家アンリ・カルティエ=ブレッソン』(1980・朝日ソノラマ)』▽『楠本亜紀著『逃げ去るイメージ アンリ・カルティエ=ブレッソン』(2001・スカイドア)』▽『『アンリ・カルティエ=ブレッソン写真集成』(2004・岩波書店)』