日常生活の動作やスポーツなどで,なんらかの拍子に急に生ずる激烈な腰の痛みの総称。重い物を持ち上げようとしたり,洗面などで前こごみの姿勢をとって起き上がろうとしたり,急に体の向きを変えたりしたときに起こることが多い。ドイツ語では〈魔女の一撃Hexenschuss〉,英語では急性腰痛acute low back painと呼んでいる。
〈ぎっくり腰〉の原因となる病気は一つではなく,非常にさまざまである。最も多い原因は,背骨の椎骨と椎骨との間にある軟骨,すなわち椎間板の病気である。椎間板は弾力性がありクッションのような作用をしているが,20歳を過ぎればすでに老化現象が始まり,外力に対して少しずつ弱くなり,急激な動作などによってその一部が破れたり飛び出したりして神経を圧迫するなどにより,急性の腰痛をひき起こす(椎間板ヘルニア)。第2の原因としては腰の筋肉の病気がある。筋肉の表面は筋膜という薄い膜で覆われ,脊髄から背中へ向かう神経は,筋肉の中を走り筋膜を貫いてから腰や背中の皮膚に達している。したがって筋肉が急に収縮したり一部が少し破れたりすると,その中を走っている神経が引っぱられたり,ひねられたりして痛みを生ずることになる。筋肉に老化現象が起こって一部しこりができたり,神経のまわりの筋膜が厚くなったりして,筋肉と神経との間の滑らかな動きが少なくなっていると,ちょっとした動作がきっかけとなって神経の刺激が起こりやすくなる。第3の原因としては,椎骨と椎骨とを連結している,左右1対の関節すなわち椎間関節の病気である。この関節は膝関節などと同様に,関節を作っている二つの骨を包んでいる膜(関節包)があり,内部には動きを円滑にする液体(関節液)のある真の関節で,神経が豊富に分布している。椎間板とともに椎骨と椎骨との間の運動をコントロールしている連結部分であり,急激な運動によって関節包の一部が切れたり,ひだのようになっている部分が椎骨と椎骨との間に挟まったりして,強い腰痛を起こすことがある。
以上の三つがぎっくり腰の原因として一般的なものであるが,ときには他の原因が見いだされることがある。その一つは,椎骨自体が外傷とはいえない程度の外力,すなわち日常動作などによってつぶれること(椎体の病的骨折)である。このような場合には椎骨自体がすでに弱くなっているわけで,年齢による変化が大部分であるが,ときには癌が椎骨に移って骨を破壊していたり,身体全部の病気のために骨がもろくなっていることもあるので,注意せねばならない。また,椎骨と椎骨との間をつないでいる硬いすじ(靱帯(じんたい))が切れて,ぎっくり腰の原因となることもある。
最もたいせつなのは,安静をとることである。多くの場合痛みのために身体を動かすことが困難となるので,横になって休まざるをえなくなるが,ねる姿勢が問題である。痛みの原因である軟骨,筋肉および関節に無理がかからず,脊髄から足のほうへ行く神経がつっぱらないような姿勢がよいわけで,あお向けにねてひざの下に布団を入れるか,横向きにねて身体をエビのように少し丸めた格好が,痛みが楽になってよいことが多い。しかし同じ姿勢を長時間続けることは困難で,どうしても寝がえりをすることがあり,また用便などで身体を動かさざるをえないので,腰を支えるものを使用するほうがよい。一般家庭にあるものとしては〈さらし〉が便利であり,1反くらいの長さのものを二つ折りにし,胸の下のほうから足のつけ根にかけ腰のまわりに,ややきつめに巻きつけるのがよい。そして手に入るならば痛みを止め筋のつれをとるような薬(鎮痛薬,筋弛緩薬)を内服するか座薬として用いるのもよい。また蒸しタオルなどで痛い部分を温めるのも効果があることが多い。痛みが起こって間もなく,あるいは2~3日安静にして痛みが軽くなってきたとき,医師の治療を受けられれば,痛みの原因となっている部分への注射で痛みをとることができる。すなわち,筋肉や靱帯の押して痛い部分への注射(圧痛点のブロック),関節やそのまわりの注射(椎間関節ブロック),椎間板やまわりの神経の刺激をとる注射(硬膜外ブロック)などが適宜用いられる。腰を支えるのにさらし巻では不十分のようなら,既製品である腰椎バンドを用いたり,ギプス包帯を巻いて固定するのもよい。原因となっている病気の種類や,痛みその他の症状の程度によっては入院し,バンドで腰を引っぱりながら安静をとる(骨盤牽引)などの治療をしながら,さらに原因を詳しく調べる必要がある。このような治療により,ぎっくり腰の大部分は1週間か10日間で治ってしまうか,治らないまでも軽くなるのが普通である。しかし,原因となった病気が特殊なものであれば,それに対する治療をつづける必要があるのは当然である。
〈ぎっくり腰〉は,多くの場合いったんはよくなっても,注意をしていないとまた繰り返してしまうことも少なくない。何度も繰り返さないよう予防するためには,まず第1に日常生活上の注意がたいせつである。すなわち,重い物を持つときにはなるべく身体に近づける,物を持ち上げるときにはひざを曲げてしゃがみ,ひざを使って立ち上がるようにする,高い所にある物を取ろうとして急に背伸びをしたり,座ったまま手を伸ばして物を取ろうとしたりなどの無理な動作をしない,などの点である。第2には,筋肉の凝りを減らし血液循環をよくし,腰の動きをなるべく滑らかにしておくために,いわゆる柔軟体操をするのがよい。毎朝5分間でもよいから体操をすることを日課とし,全身の運動をするようにするのがよく,やり方は種々あるが学校時代に習ったラジオ体操で十分である。またスポーツを始めるときの準備運動(ウォーミングアップ)もたいせつである。第3にあげられるたいせつな予防法は,腰の部分の支えを強くすることである。人間の腰を支える構造は大きく二つに分けられ,椎骨とそれに付属している椎間板,椎間関節,靱帯などによる支持(内因性支持)と,背中や腹にある筋肉の力や,これによって作り出されている腹の中の圧力(腹腔内圧)による支持(外因性支持)とである。いずれも年齢や性により,また個人差によって支える力に差が出てくるが,これらの構造物の中で筋肉の力は訓練により強くすることができる。背中にある筋肉(背筋)や腹側にある筋肉(腹筋)の収縮力や耐久力をつけ,また両筋の間に不均衡があればこれを取り除くため,筋力強化のための体操を行うのがよい。腹筋の強化のための体操は,あお向けにねて必ずひざを曲げておき,肩が床から20~25cmくらい離れるまで起き上がり(腰自体はあまり動かず上半身だけ起き上がる),その位置を5~10秒つづけてから元の位置に戻り,5~10秒休んでから同じ運動を繰り返す。また,起き上がるとき身体を少しひねり,片手が反対側のひざに近づくような運動をする。このような運動を5~10回程度,1日2度くらい繰り返すのがよい。背筋の運動は腹ばいとなって腹の下に薄いまくらまたは座布団を入れ,身体を反らして胸が床からわずかに離れた位置を5~10秒つづけ,5~10秒休んでから同じ運動を繰り返す。1度に5~10回を1日2度くらい繰り返す。これらの運動は筋肉の力が強くなるにつれて程度を増し,起上がりや反りかえりを強くするようにしていくのがよく,あまり疲労したり痛みがでるようなら程度を軽くするようにすればよい。このような日常生活動作の注意や,身体を柔らかくしたり筋肉を強くする体操が予防のうえでたいせつである。また,腰痛一般についていえることではあるが,肥満による腰部のストレスをさけることや,適度なスポーツ(たとえば水泳)により体操に似た効果をあげるのも一つの方法である。ぎっくり腰が短期間のうちに何度も起こったり,痛みが治りきらない場合には,温熱療法などの理学治療やコルセットなどを一定期間つけることも必要ではあるが,予防の基本はあくまで自分自身による努力である。
→腰痛症
執筆者:蓮江 光男
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
急に腰をひねったり、重い物を持ち上げようとしたときなどに強い腰痛が発生するのを俗に「ぎっくり腰」とよんでいる。痛みのために腰部の運動が制限され、また体を動かすと腰痛が増強し、痛みが激しい場合は起立歩行が困難なこともある。その本体となる疾患はいろいろあるが、一般には腰筋の部分的挫傷(ざしょう)あるいは腰椎(ようつい)椎間板損傷であることが多い。また、腰椎棘間靭帯(きょくかんじんたい)の断裂の場合もあるとされている。いずれにしても、寝たまま安静にしていれば痛みは軽減する。腰筋の部分的挫傷では片側の傍脊柱(ぼうせきちゅう)腰筋に限局性の圧痛があり、普通は腰椎前屈時に痛みがとくに強くなる。この場合は一般に比較的短期間に軽快するが、慢性化することもある。腰椎椎間板損傷では椎間板ヘルニアの場合があり、脊柱が側彎(そくわん)し、腰椎の運動が困難で、根性坐骨(こんせいざこつ)神経痛をきたす。いずれの場合も専門医に受診して痛みの原因を明確にし、適切な治療を受けることが必要である。
[永井 隆]
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