老年化によって現れる変化(老人性変化)をいう。老化(エイジング)を進行させる因子は多種多様の機構の相関のうえに成り立つと考えられ、さまざまなレベルでの考察が加えられている。
[川上正澄]
分子レベルから老化の発現を考えると、DNA(デオキシリボ核酸)の損傷、損傷DNAの修復機能の低下、遺伝暗号解読の誤りなどが年齢とともに経時的におこる。また、老化促進遺伝子の存在が推測される場合もある。(1)DNAの損傷に基づくもの 放射線、薬剤、自然物などの影響でDNAは種々の変化を生じる。たとえば塩基配列の変化、DNA鎖の切断や交叉(こうさ)結合などがその例である。これらの多くは、細胞のもつDNA修復機構によって正常に復するが、修復の誤り、修復機能の不足、修復不能な損傷などがあると損傷DNAはそのまま残ってしまう。さらにDNA損傷率の上昇、修復機能の低下も相まって、損傷DNAは経時的に蓄積されると考えられ、その結果、細胞の老化、さらに全身の老化が引き起こされる(DNA障害説)。(2)遺伝暗号解読の誤りに基づくもの 遺伝暗号解読の誤りとは、DNA鎖上の遺伝暗号のRNA(リボ核酸)への転写に誤りが生じることであり、タンパク合成酵素をつくる際などにも誤りが生じることがある。通常、一つの誤りは重大な細胞機能の障害を引き起こさないし、また、誤りを是正する機能も細胞に備えられていると思われるが、RNA転写あるいはタンパク合成酵素の誤りは、順次他の生化学反応の誤りへと拡大するものと考えられている。やがて解読の誤りの発生する確率は経時的に増加し、最終的には細胞機能の障害、老化へと導く(エラー説)。(3)老化促進遺伝子に基づくもの これは、DNA鎖上の遺伝プログラムが直接に老化と細胞の寿命を規定しているとする説である(プログラム説)。しかし、現在までのところ、老化促進遺伝子の存在は確認されていない。
[川上正澄]
細胞レベルでの老化は、形態学、生化学、生理学など、それぞれの研究領域でみいだされている。(1)形態学的変化 形態学的変化としては尿細管細胞、肝細胞、心筋線維などに混濁腫脹(しゅちょう)がみられる。これは細胞質内小浮腫を特徴とする細胞変性であり、エネルギー遊離機構に起因する細胞内水排出抑制によっておこる(顕著な場合は水腫性退行性変化という)。また、骨格筋や皮膚などでは脱水が生じる。これらの老化では、相対的に細胞外液が増加するが、これは細胞の減少、線維芽細胞などとの置き換わり、細胞膜の透過性の変化などによるものである。細胞レベルの老化においては、細胞内代謝の変化に伴って、激しい細胞機能喪失が認められる。しばしば脂肪沈着がみられるし、細胞内タンパクの変性によってガラス様変性といわれる退行性変化が現れる。また、糖代謝の不均衡は細胞にグリコーゲン変性をもたらすことがある。
動物細胞の老化の一般的な特色の一つに、老化色素(リポフスチンLipofuscin)の沈着がある。リポフスチンは、細胞質に分散する黄色ないし褐色の顆粒(かりゅう)で、とくに心筋と神経細胞に沈着が著明に現れる。沈着量には食物因子、とくにビタミンEと不飽和脂肪含量が関係している。また、食品添加物にも色素含量を増加させるものがある。このほか、細胞内小器官のなかで老化に伴ってみられる変化としては、不定形化、内胞体やクロマチン(染色質)の出現、染色性増大、リソゾームの増加、ミトコンドリアの膨化などが知られている。とくに核の変化は、遺伝情報の老化における役割を示唆しており、リソゾームの増加は退行的および異化的過程の増加と関係していると考えられる。(2)生化学的・生理学的変化 生化学的ならびに生理学的変化からみた場合、細胞のDNA含量は加齢ではほとんど変化しない(なお、RNA含量については現在のところ見解が一致していない)。また、酵素活性については、断片的ながらもいくつかの酵素について加齢変化が報告されている。たとえばアルカリ性フォスファターゼの減少、カテプシン増加などである。細胞の酵素消費は老化に伴って減少するが、その原因はまだ不明である。尿細管の能動輸送による分泌・吸収などの能力は老化に伴って減退するが、これは細胞数減少の結果であるともいわれている。
[川上正澄]
組織・臓器レベルにおいては、神経系、心臓血管系など六つの領域において考察が進められている。(1)神経系 形態的にはニューロン数の減少、グリア細胞の増加、細胞核の縮小と染色性の変化、細胞質のニッスル物質の減少、リポフスチンの沈着、神経原線維の減少などがおこる。また、脳重量が減少し、脳の含水量は80歳くらいまで徐々に増加する。さらに生化学的変化としては、シスチン、メチオニン、アスパラギン酸、グルタミンなどのアミノ酸の増加、アセチルコリン活性の低下(とくに大脳皮質運動野)、乳酸脱水素酵素の減少などが報告されている。こうした神経系のさまざまなレベルにおける変化の結果として、運動能力に衰えが現れる。また、神経生理学的には機能的ニューロンの減少、自発活動の増加、覚醒(かくせい)反応の減少、脳波の徐波化などが現れる。(2)心臓血管系 アテローム性動脈硬化(粥(じゅく)状硬化症)がもっとも重要な変化である。これは動脈壁の脂質増加や結合組織増加による血管変性であり、大動脈、冠動脈、脳動脈などにおこるため、動脈硬化性心疾患や虚血性心疾患、脳血管障害の原因となる。(3)呼吸器系 気道では粘膜の萎縮(いしゅく)、繊毛運動の消失、粘膜下組織の線維性変化などが現れる。また、気管支壁の粘膜、筋、腺(せん)なども萎縮し、そのため気管支腔(くう)は拡張傾向を示す。肺では肺胞面積の減少、機能肺胞の減少、肺胞血管壁の肥厚などが現れる。呼吸生理学的には胸壁コンプライアンス(コンプライアンスとは応答の程度を示す係数)が減少し、肺活量および1回換気量が減少する。解剖学的には死腔が増加し、肺胞気―肺胞血管の間の拡散能も低下する。これらの変化の結果、運動負荷時の最大酸素消費量は年齢とともに直線的に下降する。(4)生殖腺 女子の生殖腺機能においては、老化に伴って器官の退縮、退化、萎縮性変化が現れるが、萎縮性変化は卵巣においてとくに顕著におこる。形態的には重量の減少、卵母細胞の減少、卵胞(濾胞(ろほう))の減少がみられる。グラーフ卵胞の数は40歳ころから約5年間で急激に減少し、50歳代後半には成熟卵胞は完全に消失する。これらの変化に伴って、エストロゲン(雌の第二次性徴、発情を促すホルモン)とプロゲステロン(妊娠の準備・維持に必要なホルモン)の血中での比率が著しく低下する。こうしたフィードバック調節の乱れは、閉経に先だって月経周期の乱れとなって現れる。また、卵巣機能の喪失、閉経は、血管運動神経の不調(発熱、ほてり、発汗、動悸(どうき)など)、神経的心理的不調(頭痛、めまい、情緒的不安定など)、その他の身体症状(骨粗鬆(こつそしょう)症、関節炎、血管硬化、糖尿、皮膚の変化など)をもたらす。さらに生殖能力の低下も認められ、40~50歳代では、統計上、未熟児出産や幼児死、流・死産の危険が高まる。なお、エストロゲンはコレステロールを低下させ、動脈の硬化性変化を防御すると主張されている。そのため、月経閉止後の冠状動脈性心疾患には、性差がなくなるといわれている。
男子では精巣重量は変化しないが、ライディッヒ細胞(間質細胞)の数が減少し、基底膜と精細管被膜が厚くなる。この結果、精子形成能力が低下する(精子数減少、精子奇形率の増加)。内分泌的にみると、アンドロゲン(雄の第二次性徴を調節するホルモン)の分泌の低下は30歳ころから始まり、年齢とともに進む。これに伴って性腺刺激ホルモンの分泌は増加する。アンドロゲン欠乏とそれに伴うホルモンバランスの乱れは、男性を早く老化させるといわれている。なお、性交の頻度は年齢とともに低下するが、性的反応は維持される。(5)結合組織 コラーゲン線維とその周囲の基質は、老化とともに、全身的にその構造と化学的性質を変える。コラーゲンでは分子間および分子内結合(架橋)が増え、コラーゲン線維の強度が増加する。また、線維芽細胞はコラーゲンをさらにつくる。グリコスアミノグリカンGlycosaminoglycan(GAGと略す。かつてムコ多糖類mucopolysaccarideといわれたもの)とよばれる一群の物質からなる基質は、細胞構築と細胞内外の水やイオンの移動に重要なものである。しかし、この基質も、臓器により種々の老化に伴う変化を示す。(6)免疫系 胸腺、扁桃(へんとう)などのリンパ組織は、思春期以後になると萎縮する。脾(ひ)重量も60歳代では16~20歳に比べると著しく減少しているし、リンパ球動員予備能も低下する。免疫グロブリンのなかでは、IgG,IgAの増加、IgMの減少傾向がある。また、各種血清抗体価は老人ほど低値となる。これは、抗体産生細胞の減少によっている。このように、老化が進むほど外来性抗原に対する抗体産生能が低下する反面、内因性抗原に対する抗体(抗核抗体など)の産生能はむしろ亢進(こうしん)する。つまり、自己抗体の陽性率が増加するわけである。また、細胞性免疫能も老化に伴って低下するが、このことは、悪性腫瘍(しゅよう)の発生率上昇とも関連すると考えられている。
[川上正澄]
個体レベルで老化をみると、適応反応や尿排泄(はいせつ)、体温、代謝などのホメオスタシス(恒常性)調節能に変化が認められる。(1)適応反応の変化 老化に伴って環境変化に対する抵抗力が弱まることは、多くの証拠によって明らかとなっている。まず、反射行動が低下する結果、外界の刺激を避ける能力が弱まる。体内では、体温調節機能がしだいに低下し、また、酸素欠乏、傷、運動などに対しても生理的調整を行う能力が低下する。しかし、ストレスに対する下垂体‐副腎(ふくじん)皮質系の反応には著明な変化はみられない。(2)尿排泄機能の変化 ネフロン数の減少とネフロンの機能低下によって腎機能が低下する。その結果、体液の酸‐塩基平衡を調節する能力や老廃物排泄の能力が減退し、全身のホメオスタシスの維持が影響を受ける。(3)体温調節の変化 環境温に対する反応は、低温、高温のいずれに対しても減退する。また、温度ストレスに対する抵抗力も減退する。(4)代謝調節の変化 基礎血糖値は不変であるが、血糖レベルの変動に際しては再調整する速度が遅くなる。また、膵(すい)臓のインスリン分泌能が低下する。
[川上正澄]
『ロバート・E・リックレフズ他著、長野敬・平田肇訳『老化――加齢メカニズムの生物学』(1996・日経サイエンス社)』▽『東京都老人総合研究所編『サクセスフル・エイジング――老化を理解するために』(1998・ワールドプランニング)』▽『井出利憲編『老化研究がわかる』(2002・羊土社)』▽『石井直明著『分子レベルで見る老化――老化は遺伝子にプログラムされているか?』(講談社・ブルーバックス)』
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