筋弛緩薬(読み)きんしかんやく(英語表記)skeletal muscle relaxant

改訂新版 世界大百科事典 「筋弛緩薬」の意味・わかりやすい解説

筋弛緩薬 (きんしかんやく)
skeletal muscle relaxant

選択的に骨格筋弛緩を起こす薬物中枢神経から発した興奮は下降して骨格筋にいたり,骨格筋の緊張が維持されている。骨格筋を弛緩させるには,中枢神経から骨格筋にいたる経路のどこかを遮断すればよい。これを行わせるのが筋弛緩薬(骨格筋弛緩薬ともいう)である。催眠薬とかトランキライザーなども骨格筋弛緩作用を有するが,他の中枢作用も強いので,これらは薬学上では筋弛緩薬とはいわない。

(1)末梢性筋弛緩薬 南米アマゾン川流域においてインディアン吹矢の先にエキスをぬり,獣を捕獲した毒がクラーレで,有効成分はツボクラリンである。その作用点が骨格筋における神経筋接合部にあることは,1856年にC.ベルナールによって明らかにされた。末梢性筋弛緩薬には,競合的遮断薬と脱分極性遮断薬とがある。

 競合的遮断薬の代表は塩化ツボクラリンで,伝達物質アセチルコリンが受容体に結合するのを妨げる。一方,脱分極性遮断薬の代表的なものはスキサメトニウムサクシニルコリン)やデカメトニウムである。この種の筋弛緩薬はアセチルコリン受容体と結合して,持続的な脱分極を起こし,神経の伝達を遮断することによって,筋弛緩をもたらす。これらの末梢性筋弛緩薬は,筋肉の異常緊張の治療には使われない。それは,作用が一過性で強く,随意運動をそこない,長期投与が危険だからである。これらは,その塩化物や臭化物が手術時の全身麻酔薬の補助に用いられる。

ダントロレンナトリウムsodium dantroleneは,従来の末梢性筋弛緩薬(ツボクラリンやスキサメトニウム)のように神経筋接合部に作用するのでなく,神経筋接合部よりも収縮筋に近い興奮-収縮連関の経路に作用部位があることが明らかとなった。この薬物は,脳卒中脊髄損傷脳性麻痺,に際しての異常緊張に対して有効である。

(2)中枢性筋弛緩薬 骨格筋の緊張を支配している中枢神経機構に選択的に作用して,筋弛緩を現す薬物を中枢性筋弛緩薬という。1946年にメフェネシンが開発されたときが中枢性筋弛緩薬の始まりで,その後種々の筋弛緩薬が開発された。

日本では,メフェネシンは副作用の点で使われなくなったが,下記の薬物が筋肉の異常緊張の治療に用いられている。メトカルバモール,カリソプロドール,スチラメート,フェンプロバメート,メタンスルホン酸プリジノール,クロルゾキサゾンクロルメザノン塩酸トルペリゾンカルバミン酸クロルフェネシンバクロフェンなどである。

 これらの薬物は脊髄反射経路に対し抑制作用を示すことにより筋弛緩を起こす。また,脳幹網様体への作用も筋弛緩に関与している。錐体路の病変の徴候である痙縮や痙性麻痺に対しては,ジアゼパムがよく用いられていたが,塩酸トルペリゾンなどが抗痙縮薬として脳卒中後遺症,

脳性麻痺,痙性脊髄麻痺などの痙性麻痺に有効であることが確認された。カルバミン酸クロルフェネシンの化学構造はメフェネシン型である。本剤の研究は最初にアメリカで行われ,日本では約7年間基礎実験と臨床的検討が加えられた。適応症として,運動器疾患に伴う有痛性痙縮腰背痛症,変型性脊椎症,椎間板ヘルニア,脊椎分離・辷り症,脊椎骨粗鬆(そしよう)症などがある。

 γ-アミノ酪酸(GABA)は哺乳類の中枢神経系における伝達物質の一つである。脊髄においては,GABAはシナプス前抑制に関与する伝達物質と考えられている。シナプス前抑制が働くと,興奮性シナプス伝達が抑えられ運動ニューロンの活動も抑えられることになる。GABAはこのような作用を有しているが,外から薬として与えても血液-脳関門を通過しがたいために効果がない。そこで,GABA様作用を有し血液-脳関門を通過しうるような薬物が求められてきた。その中で最も作用が強いのがバクロフェンであるが,作用機序は複雑である。脳性および脊髄性の痙性麻痺に効果を示し,痙縮,痙縮に伴う痛み,深部反射や日常動作の自・他覚症状の改善に役立つ。また,リハビリテーションの導入にもよいといわれる。


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日本大百科全書(ニッポニカ) 「筋弛緩薬」の意味・わかりやすい解説

筋弛緩薬
きんしかんやく

骨格筋の弛緩をおこす薬をいう。中枢神経に作用するものと、末梢(まっしょう)で神経筋接合部に作用するものとがある。前者は脊髄(せきずい)や脳幹に作用し骨格筋の弛緩をおこすもので、筋の弛緩作用は強いものではなく、筋肉のこり、筋緊張を和らげるために用いられる。後者は完全に筋が麻痺(まひ)する強い作用を有しており、主として全身麻酔時に用いられる。

 神経に刺激を加えると、神経筋接合部において、神経末端からアセチルコリン(神経線維の伝達物質)が出され、これが終板に作用して脱分極を生じ、このため筋肉は収縮する。脱分極をおこした終板はすぐに元に戻り(再分極する)、次にくるアセチルコリンに反応しようとする。以上が筋の収縮の機序(メカニズム)であるが、アセチルコリンによって終板が脱分極をしなかったり、一度脱分極をおこした終板が再分極しない状態では、神経が刺激を受けても筋の収縮はおこらない。末梢性の筋弛緩薬の作用機序はこのいずれかによるものであり、前者によるものを非脱分極性筋弛緩薬とよぶ。これら筋弛緩薬の麻酔科での使用は、気管内チューブの挿管時、腹部手術における腹筋の弛緩、麻酔中に患者の呼吸を止めて人工呼吸をするとき、およびけいれんの治療など、きわめて広い分野にわたり、安全に行われている。

[山村秀夫・山田芳嗣]

中枢性筋弛緩薬

骨格筋を支配している中枢神経に作用して弛緩をおこさせるもので、メトカルバモール、クロルゾキサゾン、クロルメザノン、トルペリゾン、カリソプロドール、カルバミン酸クロルフェネシン、フェンプロバメート、ダントロレンナトリウム、メシル酸プリジノールなどがある。おもに整形外科で、肩や腰の痛み(有痛性痙縮(けいしゅく))に内服で使用される。

[幸保文治]

末梢性筋弛緩薬

神経筋接合部におけるアセチルコリンとアセチルコリン受容体の結合を遮断する薬物で、塩化ツボクラリン、塩化アルクロニウムなどの競合的遮断薬と、塩化スキサメトニウムなどのような脱分極性遮断薬がある。おもに外科的手術や麻酔時の筋弛緩の目的で、注射で使用される。

[幸保文治]

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