クスタナイ(英語表記)Kustanai

改訂新版 世界大百科事典 「クスタナイ」の意味・わかりやすい解説

クスタナイ
Kustanai

中央アジア,カザフスタン共和国北部,同名州の州都。人口20万4243(2004)。トボル川左岸にある。1879年基礎をおかれ,93年市の権利を許され,以後95年までニコラエフスクNikolaevskと呼ばれた。1912-13年チェリャビンスクへの鉄道開通。17年12月25日(新暦18年1月7日),ソビエト権力が樹立されたが,反革命軍に占領され,19年8月19日革命軍に解放された。革命前には半手工業的な製革・ビール醸造工場があったにすぎないが,革命後に工業・文化の中心地に改造された。とくに54年の北カザフスタンの処女地開墾,大規模な鉄道建設による新工業地区の発展,トゥルガイ盆地などの地下資源とくに鉄鉱石の開発により,急激な変貌をとげた。現在,食品加工・製靴・金属加工・建築資材製造業が盛ん。教育大学,アクモラ農業大学の分校,地誌・地質博物館がある。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「クスタナイ」の意味・わかりやすい解説

クスタナイ
くすたない
Кустанай/Kustanay

中央アジア、カザフスタン共和国クスタナイ州の州都。コスタナイKostanay,Qostanayとも表記する。1893年から95年までニコラエフスクНиколаевск/Nikolaevskと称した。人口22万1400(1999)、24万5650(2019推計)。オビ川の支流トボル川の左岸に沿って市街が延びる。ロシアのチェリャビンスクなどへの鉄道の分岐点。かつては食品、皮革の半家内的工業が行われていたが、第二次世界大戦後、工業、文化の一大中心地となり、鉄鋼、機械、化学繊維建材などの重工業が発達した。近郊の有用鉱物資源の発見、開発に加えて、1879年以来のボルガ地方からの移民の伝統と、ソ連邦時代の「処女地開拓」運動の結果、1960年代に著しい発展を遂げた。

[山下脩二]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「クスタナイ」の意味・わかりやすい解説

クスタナイ
Kustanay

カザフスタン北部,クスタナイ州の州都。ウラル山脈南部東麓にあり,トボル川上流部にのぞむ。 1879年ボルガ川流域地方からの移民によって建設され,ステップ地帯の商業中心地となった。 1950年代後半の処女地開拓政策,州内の鉱産資源開発,鉄道新線の建設などにより大きく発展。皮革,化繊縫製食肉,機械部品,自転車などの工業が立地。教育大学がある。鉄道,ハイウェーの分岐点。人口 23万 3900 (1991推計) 。

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