クムラン廃墟(読み)クムランはいきょ(その他表記)Khirbet Qumrān

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「クムラン廃墟」の意味・わかりやすい解説

クムラン廃墟
クムランはいきょ
Khirbet Qumrān

死海北西岸から約 1km離れた廃墟および洞窟を含む付近の地名。イスラエル領。 1947年洞窟から多くのヘブライ語古写本が発見され,それらは「クムラン文書」あるいは「死海文書」と呼ばれた。この写本は新約聖書時代前後のユダヤ教の研究に新たな光を投げかけ,さらに旧約聖書の本文校訂のための貴重な文献となった。廃墟からは,前2世紀中頃からここで組織された禁欲的,排他的なユダヤ教の一派 (おそらくエッセネ派とみられるクムラン教団 ) が残した写経室,食堂,貯水槽,倉庫,見張り塔,水路などの建造物群のほか,前8世紀頃の考古資料も発見された。 66年に始まったユダヤ過激派のローマに対する反乱の際には砦となった。

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