ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「コノリー」の意味・わかりやすい解説
コノリー
Connolly, Maureen Catherine
[没]1969.6.21. テキサス,ダラス
アメリカ合衆国のテニス選手。愛称は Little Mo。10歳でテニスを始め,1949年史上最年少で全米ジュニア選手権大会で優勝。1951年全米選手権大会(→全米オープンテニス選手権大会)の女子シングルスで初優勝し,1952年に 2連覇を果たす。さらに,ウィンブルドン選手権大会を初勝利で飾り,1953年には全豪選手権大会(→全豪オープン),全仏選手権大会(→全仏オープン),ウィンブルドン選手権,全米選手権を制覇して,女子テニス史上初の年間グランドスラム(四大大会制覇)を達成した。1954年に全仏選手権 2連覇,ウィンブルドン選手権 3連覇を成し遂げたが,落馬による負傷のため引退を余儀なくされた。強力なドライブとポーカーフェースで相手を威圧した。1968年国際テニス殿堂入り。
コノリー
Connolly, Cyril (Vernon)
[没]1974.11.26. ロンドン
イギリスの批評家。オックスフォード大学に学ぶ。『ニュー・ステーツマン』『オブザーバー』『サンデー・タイムズ』など代表的な新聞雑誌に書評などを定期的に寄稿。 1939年,詩人スペンダーとともに文芸誌『ホライズン』 Horizonを創刊,50年の廃刊まで編集にあたった。評論集に『嘱望の敵』 Enemies of Promise (1938) ,『不安な墓場』 The Unquiet Grave (44) ,『思想と場所』 Ideas and Places (53) ,小説に『岩穴』 The Rock Pool (36) がある。
コノリー
Connolly, James
[没]1916.5.12. アイルランド,ダブリン
アイルランド独立運動の指導者。ジェームズ・ラーキンらと労働運動を行なってアイルランドに社会主義思想をもたらした。第1次世界大戦勃発後は武装蜂起を主張。復活祭蜂起(1916)後,ダブリンで処刑された。
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