日本大百科全書(ニッポニカ) 「コフマン」の意味・わかりやすい解説
コフマン
こふまん
Sarah Kofman
(1934―1994)
フランスの哲学者。ポーランド出身のユダヤ人の両親の娘として、パリに生まれる。ラビだった父は1942年ナチスにより強制収容所に送られその後虐殺される。コフマンは第二次世界大戦終結まで母とともにパリで二人をかくまってくれたキリスト教徒の夫人のもとで過ごす。ソルボンヌ大学(パリ大学)で哲学を専攻し、1960年哲学の教授資格を取得する。1966年ジャン・イポリットのもとで「ニーチェとフロイトにおける文化」というテーマで博士論文を書き始めるが、1968年にイポリットが亡くなった後はジル・ドルーズの指導で論文を書く。その後トゥールーズの高校、パリのクロード・モネ校での哲学の教師を経て、1970年よりパリ第一大学の哲学教授となる。
20冊をこえる著作のうち、フロイトとニーチェに関する著作が多く、その精密な読解がコフマンの仕事の重要な中心である。フロイトに関する最初の研究をまとめた『芸術の幼年期』L'enfance de l'art(1970)は、ユベール・ダミッシュのセミナーにおけるフロイトと芸術についての発表が実を結んだもので、フロイトは芸術について何も理解していないという人々、とくにソレルスやクリステバなど『テル・ケル』誌の執筆陣の見解からフロイトを擁護する目的で書かれた。ニーチェに関する著作では『ニーチェとメタファー』Nietzsche et la métaphore(1972)が知られている。同書はデリダのセミナーでの発表をもとに書かれたもので、単なるレトリック技法としての隠喩(いんゆ)ではなく、概念の生成過程にかかわる隠喩的活動について考察する。そしてニーチェの哲学が形而上(けいじじょう)学における隠喩的な言語と概念的な言語との対立を解体し、その対立が「隠喩の忘却」(概念の生成において活動している隠喩的過程の隠蔽(いんぺい))に基づくことを暴露するものであると指摘する。この著作の補遺には、ジャン・グルニエのハイデッガーの存在論にもとづくニーチェ読解に異を唱える「系譜学、解釈、テクスト」Généalogie, interprétation, texte(1966)が収められている。その他の著作には、デリダ、プラトン、ルソー、コント、カント、ディドロ、シェークスピア、ネルバル、ワイルド、ホフマン、モリエール等の哲学、文学を論じた『女性への尊敬=敬遠』Le respect des femmes(1982)、『ドン・ジュアンあるいは負債の拒否』Don Juan, ou, le refus de la dette(共著、1991)などがある。また父についての記述を含む強制収容所について考察した『窒息した言葉』Paroles suffoquées(1987)、ナチ占領下のパリでの恐怖と混乱、「二人の母」(母と自分をかくまってくれた夫人)のあいだでのダブルバインド状況を描く自伝的作品『オルドネル通り、ラバ通り』Rue Ordener, rue Labat(1994)がある。
ジャック・デリダ、ジャン・リュック・ナンシー、ラクー・ラバルトPhilippe Lacoue-Labarthe(1940―2007)と公私ともに交流があり、彼らとともにガリレ社刊行の「哲学の実際」叢書(そうしょ)を企画監修している。
コフマンの思想は形而上学を脱構築する読解を行うという点でとくにデリダと共通点があり、ニーチェにならい形而上学の主要な二項対立である叡智(えいち)的/感性的という対立にもとづく思考体系を解体する(同時にそれに由来する男性的/女性的という対立を解体する)ものである。さらに古今の哲学的テクストにおいて女が過小評価されていることを明らかにし、フェミニズムの分野でも貢献している。また女性哲学者としての自分の役割の一つに厳密で持久力のある著作活動自体を通して「女でも哲学することができる」ことを示すことを挙げている。しかし自らフェミニストの運動に関与したことはなく、自分の著作を「女として」哲学をするという観点からとらえる見方に抵抗を示してきた。
[対馬美千子 2015年5月19日]
『宇田川博訳『ニーチェとメタファー』(1986・朝日出版社)』▽『赤羽研三訳『芸術の幼年期――フロイト美学の一解釈』(1994・水声社)』▽『大西雅一郎訳『窒息した言葉』(1995・未知谷)』▽『庄田常勝訳『オルドネル通り、ラバ通り』(1995・未知谷)』▽『Le respect des femmes(1982, Galilée, Paris)』▽『Sarah Kofman, Jean-Yves MassonDon Juan, ou, Le refus de la dette(1991, Galilée, Paris)』▽『神山すみ江訳「この女を見よ――あるいは人はいかにして哲学者――女性となるか」(港道隆のコフマンへのインタビュー、『現代思想』1991年11・12月号所収・青土社)』▽『芝崎和美訳「哲学的なものを壊乱すること、あるいは喜びの代補のために」(イヴリン・エンダーのコフマンへのインタビュー、『イマーゴ』1994年5月号所収・青土社)』▽『芝崎和美訳「女の問題、哲学者の袋小路」(コフマンへのインタビュー、『女たちのフランス思想』所収・1998・勁草書房)』▽『Françoise Collin et Françoise ProustSarah Kofman(1997, Descartes & Cie, Paris)』▽『Penelope Deutscher and Kelly Oliver eds.Enigmas; Essays on Sarah Kofman(1999, Cornell University Press, Ithaca)』