フランス後期ロマン派の詩人、小説家。本名ジェラール・ラブリュニーLabrunie。5月22日、パリで生まれる。幼くして母を失い、パリ北方のバロア地方に住む大叔父に養育された。やがてパリの父のもとに引き取られ、高等中学へ通学。同校在学中に処女詩集『ナポレオンおよび戦うフランス』(1826)を発表。1828年には『ファウスト』(第一部)の翻訳によって文壇に名を知られる。34年の秋、祖父の遺産でイタリアへ旅行。このころ、女優ジェニー・コロンJenny Colonの舞台姿を見て夢中になり、彼女のために雑誌『演劇界』を創刊。女優への恋は37年秋ころに、ひときわ高まるが、翌年初めには破局をみる。
1841年2月下旬に最初の狂気の発作にみまわれる。数か月入院し、退院後も回復に努める。この間に、ジェニーが病没(1842年6月)。ネルバルは、42年末にパリを出発し近東諸国を約1年間放浪。帰国後は、ふたたびジャーナリズムへ復帰し、劇評、旅行記、劇作、神秘家の伝記物語、詩などを発表する。
1849年ころから、またも精神の変調がみられるようになり、入・退院を繰り返す。この執拗(しつよう)に繰り返される狂気の発作の時期(最晩年の5年間)に、粒選(よ)りの傑作が生み出される。自由な創作や神秘学的教養を交えた『東方旅行記』(1851)、珠玉の短編七編を収めた『火の娘たち』(1854)、神話と幻想体験の融合したソネット群『幻想詩集』(1854)、夢と狂気の幻覚を独自のイデアリスムに基づいて意識的に再構築した小説『オーレリア』(1855)など、いずれも後の革新的文学の先駆けをなした作品は、すべてこの時期に完成または発表されたものである。病苦と貧窮の生活のあげく、55年1月26日朝、パリの裏町の一隅で縊死体(いしたい)となって発見された。
[入沢康夫]
没後久しく文学史上ないがしろにされてきたが、20世紀に入って、プルーストやブルトンらによって、それぞれの理念と手法の先駆者として再評価されて以来、その声価はしだいに高まり、研究も大幅に進んできた。現在では、19世紀フランスの最重要作家の1人とみなされるまでになった。
[入沢康夫]
『佐藤正彰他訳『ネルヴァル全集』全三巻(1976・筑摩書房)』▽『篠田知和基訳『オーレリア』(1986・思潮社)』
フランスの小説家,詩人。本名Gérard Labrunie。パリに生まれ,2歳で母を亡くしてから後,6歳までバロアに住む大叔父に育てられた。18歳のとき処女詩集《憂国悲歌集,ナポレオンならびに戦うフランス》を出版。つづいてゲーテの《ファウスト》第1部を仏訳して刊行(1828)。また20歳ごろからゴーティエとともにユゴーの率いるロマン派の運動に参加して,詩や劇やジャーナリズムの分野で活躍した。1833年ごろ女優ジェニー・コロンを知り,彼女に熱烈な愛情を寄せたが,この恋愛は破局に終わった。34年から40年にかけて,南フランスとイタリア,ドイツ,ウィーン,ベルギーなどを旅行した。41年に最初の狂気の発作にみまわれ入院。退院後,42年の末から約1年間近東を旅行。帰国後は《東方紀行》(1851)や《幻視者たち》(1852)などの著作に没頭したが,49年以降発作が再発し,55年にパリの裏町で縊死体で発見されるまで,入院と退院を繰り返した。だが,短編小説集《火の娘たち》(1854,巻末に《幻想詩編》が付く)や小説《オーレリア》(1855)等の傑作の多くは,この狂気の発作が頻繁に訪れた晩年に書かれている。
ネルバルは早くから神秘思想に興味を持ち,錬金術やカバラや占星術などの神秘学のほかに,西洋や東洋の古代宗教に関する多数の書物を読みあさった。また彼はドイツに強い関心を寄せ,ゲーテやホフマン等の文学から多大の影響を受けた。《幻想詩編》やとくに《オーレリア》では,こうした書物による神秘的な知識が,狂気と夢を通して,個人的な体験と交わり合いながら,超現実的で神話的な世界を構築している。彼は長い間無視されていたが,20世紀に入って,象徴派やプルーストやシュルレアリストの先駆者として高く評価されるようになった。なお,日本への紹介は岩野泡鳴によるA.W.シモンズ《文学における象徴主義運動》の翻訳(1913)が皮切り。作品翻訳は西条八十の訳業(1926)が最も早く,大岡昇平,中原中也らが続き,著作集を含む多くの翻訳,研究が出ている。
執筆者:辻 昶
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…フランスでは,ユゴー,ラマルティーヌ,ビニーらロマン派の中心的大作家,大詩人たちは幻想文学に特に見るべき作品を残さず,むしろマイナー・ポエットたち,〈小ロマン派petits romantiques〉のボレルらによって,時代精神を極度に圧縮しつつ逆にその反時代性をあらわにする幻想小説の佳品が作られている。ネルバルは,生前はそれら群小詩人の一人としかみなされなかったが,《幻想詩編》をはじめとする彫琢をきわめた深遠な詩編,《オーレリア》を頂点とする夢と狂気に満ちた小説群は20世紀になってきわめて高い評価を受け,19世紀を代表する幻想文学の巨匠と見なされるにいたった。19世紀フランスを代表するリアリズムの大作家バルザックにも《セラフィータ》《サラジーヌ》のような幻想的作品があり,モーパッサンにも怪談《オルラ》がある。…
…現存在分析を創始したスイスの精神医学者ビンスワンガーの主著で,1957年に単行本の形で刊行された。5例の精神分裂病のくわしい症例研究からなるが,30年代に著者が独自の人間学的方法を確立したのち,数十年にわたる臨床活動の総決算として44年から53年にかけて集成したもの。ここでは,分裂病は人間存在に異質な病態としてではなく,人間から人間へ,現存在から現存在への自由な交わりをとおして現れる特有な世界内のあり方として記述される。…
…ゲーテはG.ブルーノの思想や錬金術を熱心に研究しており,その《色彩論》にも錬金術の間接的影響を認めることができる。フランスでは,錬金術と結びついた色彩象徴を詩作に用いたA.ランボー,〈黒い太陽〉という錬金術的イメージを主題の一つに据えたG.deネルバル,《セラフィータ》で両性具有の神秘を描いたバルザックやJ.ペラダンなど無数の詩人や作家があらわれた。ボードレールやのちのA.ブルトンもその影響下にあった詩人である。…
※「ネルバル」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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