シェーネラー(読み)しぇーねらー(その他表記)Georg Ritter von Schönerer

日本大百科全書(ニッポニカ) 「シェーネラー」の意味・わかりやすい解説

シェーネラー
しぇーねらー
Georg Ritter von Schönerer
(1842―1921)

オーストリア政治家成金の下級貴族の子としてウィーンに生まれる。1873年自由派の国会議員となったが、1876年以降、ドイツ民族主義運動に身を投じ、オーストリアのドイツ人救済のため、ハプスブルク君主制に反対、ドイツ帝国との併合を提唱、また反ユダヤ主義運動を推進して、のちヒトラーに大きな影響を及ぼした。一方、農民の保護や森林河川保全などを要求、大資本本位の自由放任政策を攻撃している。また、反カトリック教会(「ローマからの分離」)運動を進め、自らもルター派改宗したが、その非妥協的な行動のため、20世紀に入ると彼中心の運動は衰えていった。

[中井晶夫]

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山川 世界史小辞典 改訂新版 「シェーネラー」の解説

シェーネラー
Georg Ritter von Schönerer

1842~1921

オーストリアの政治家。反ユダヤ的ドイツ民族主義運動の指導者。オーストリアが非ドイツ的要素を切り捨ててドイツ帝国合邦すべきことを主張ハプスブルク家をも攻撃する激烈さは支持者離反もさせたが,彼の思想ヒトラーに影響を与えた。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「シェーネラー」の意味・わかりやすい解説

シェーネラー
Schönerer, Georg Ritter von

[生]1842.7.14. ウィーン
[没]1921.12.14. ローゼナウ
オーストリアの政治家。農学を修め,1873年に議会に選ばれてからは反スラブ的,反ユダヤ的なドイツ民族主義と,一種の反資本主義的な農民保護政策を掲げて言論界にも活躍。またカトリック教会聖職者の親スラブ的態度に反対して,のちにはプロテスタントに改宗。そのゲルマン主義的な理念はヒトラーにも影響を与えたといわれる。

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367日誕生日大事典 「シェーネラー」の解説

シェーネラー

生年月日:1842年7月17日
オーストリアの政治家
1921年没

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