日本大百科全書(ニッポニカ) 「シーバー」の意味・わかりやすい解説
シーバー
しーばー
Tom Seaver
(1944―2020)
アメリカのプロ野球選手(右投右打)。大リーグ(メジャー・リーグ)のニューヨーク・メッツ、シンシナティ・レッズ、シカゴ・ホワイトソックス、ボストン・レッドソックスで投手として20年間活躍し、全盛期は快速球と切れ味鋭いスライダー、抜群の制球力で打者を圧倒し、そのすさまじい投球ぶりに「トム・テリフィックTom Terrific(恐怖のトム)」の異名をとった。
11月17日、カリフォルニア州のフレスノに生まれる。メッツに入団した1967年、16勝13敗、防御率2.76で新人王を獲得。1969年には25勝(7敗)をあげてサイ・ヤング賞(最優秀投手賞のこと)を受賞、「ミラクル・メッツ」といわれたメッツのワールド・シリーズ初優勝に貢献した。翌1970年4月22日には、対サンディエゴ・パドレス戦では現在も破られていない1試合10連続奪三振を達成、同時に1試合19奪三振の大リーグ新記録(当時)を樹立した。1970、1971年は奪三振と防御率のタイトルを連続で獲得、1973年は2回目のサイ・ヤング賞にも選ばれた。さらに、1975年にも最多勝となる22勝を記録して3回目のサイ・ヤング賞を受賞した。1977年のシーズン途中、球団批判をしたことが原因でレッズにトレード移籍。スター選手の突然のトレードにメッツのファンは怒り、球団には抗議が殺到した。同年、メッツ時代の勝利数とあわせて21勝6敗、リーグトップの完封7を記録した。1978年6月16日の対セントルイス・カージナルス戦では初のノーヒットノーランを達成。1968~1976年にかけて9年連続200奪三振をマークした。選手ストライキでシーズンが短縮された1981年は14勝2敗で3回目の最多勝のタイトルを獲得したが、翌1982年は右腕の故障から5勝13敗に終わり、1983年にはメッツに移籍したが9勝14敗と不振を続けた。ホワイトソックスに移籍した1984年には15勝11敗の成績をあげて復活した。その2年後の1986年のシーズン途中にレッドソックスへ移籍、しかし体力の衰えから引退した。オールスター・ゲームには12回出場。
20年間の通算成績は、登板試合656、投球回4782と3分の2、311勝205敗、防御率2.86、奪三振3640、完投231、完封61。獲得したおもなタイトルは、新人王、最多勝利3回、最優秀防御率3回、最多奪三振5回、サイ・ヤング賞3回。1992年に野球殿堂入り。
[出村義和]
『スパーキー・アンダーソン、サイ・ビュリック著、池田郁雄訳『スパーキー・アンダーソン自伝“ザ・ビッグ・レッドマシンを率いて”』(1978・ベースボール・マガジン社)』