ジッキンゲン(読み)じっきんげん(英語表記)Franz von Sickingen

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ジッキンゲン」の意味・わかりやすい解説

ジッキンゲン
Sickingen, Franz von

[生]1481.3.2. エーベルンブルク
[没]1523.5.7. ラントシュトゥール
ドイツの帝国騎士。 1522~23年の騎士戦争の指導者の一人で,もう一人の指導者 U.フッテンとともに双璧とされる。フッテンは騎士戦争の理論的指導者であったのに対し,彼は軍事的・政治的指導者であったといわれる。 1517年皇帝マクシミリアン1世に仕え,M.ルター宗教改革に共鳴して,22年ライン地方,フランケン地方,シュワーベン地方の小貴族から成る同盟首領となった。同年9月トリエル大司教領を攻撃して騎士戦争の火ぶたを切ったが,諸侯軍に包囲され,ラントシュトゥールの居城で陣没した。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「ジッキンゲン」の意味・わかりやすい解説

ジッキンゲン
じっきんげん
Franz von Sickingen
(1481―1523)

宗教改革期のドイツ帝国騎士。騎士戦争の指導者。中部ラインの出身。義侠(ぎきょう)心に富み、おびただしい私闘を行った。1519年神聖ローマ皇帝の選挙に際して、没落しつつある騎士の地位改善を期待してカール5世を支持したが、その期待が裏切られるや宗教改革運動の支持に走り、盟友フッテンと協力して、22年8月ランダウにライン川中・下流の騎士を集め、その指導者に推された。同月末、諸侯打倒の手始めとしてトリール大司教を攻撃し、騎士戦争を開始したが、諸侯軍の敏速な対応にあって敗れ、重傷を負い、23年5月7日、居城ラントシュトゥールで死んだ。

[瀬原義生]

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