最新 心理学事典 「ソーシャル・サポート」の解説
ソーシャル・サポート
ソーシャル・サポート
social support
【対人関係の健康維持・促進メカニズム】 対人関係interpersonal relationshipと人の健康の維持・促進との関係はどのように説明されるのだろうか。その具体的なメカニズムに関して最も活発に関連研究が行なわれてきたものの一つに,ソーシャル・サポートのストレス緩和仮説stress buffering hypothesisと直接仮説direct hypothesisに関するものがある(Cohen,S.,& Wills,T.A.,1985)。ストレス緩和仮説では,個人が経験するストレッサーの健康に及ぼす影響の大きさが,周囲の人びととの対人関係の良好さによって異なると考える。良好な対人関係をもたない者はストレッサーによって心身の健康を悪化させやすいのに対して,良好な対人関係をもつ者はストレッサーの悪影響を受けにくいというものである。一方,直接仮説では個人の経験するストレッサーの程度にかかわらず,対人的なつながりの豊かな者はそうでない者よりも心身ともに健康に過ごすことができると主張する。これら二つのうち,ストレス緩和仮説は,ソーシャル・サポートをサポートの利用可能性としてとらえた場合に支持されやすいことが明らかとなっている。サポートの利用可能性とは,個人がなんらかの困難な状況に陥ったときに周囲の人びとからのサポートがどれくらい期待できるかの程度のことである。客観的には同程度のストレッサーにさらされた場合でも,サポートの利用可能性が高い個人はそのストレッサーの脅威を過大評価せず,かつ脅威であると認識されたストレッサーに対しては実際に提供されたサポートを利用することで適切な対応を取ることができる。結果として,サポートの利用可能性の高い者はそれの低い者と比較して,ストレッサーの悪影響を受けにくくなるのである。
【ソーシャル・ネットワークと適応】 一方,ソーシャル・サポートの直接仮説は,サポートをソーシャル・ネットワークsocial networkの豊かさとしてとらえた場合に支持されやすいことが知られている。つまり,友人・知人の数の多寡が人の心身の健康を直接的に左右するということである。このような直接的な関連を示した代表的な研究として,エングEng,P.M.,リムRimm,E.B.,フィッツモーリスFitzmaurice,G.,カワチKawachi,I.(2002)の社会疫学social epidemiology研究がある。この研究では,アメリカで医療関連の専門職に就いている2万8000名以上の男性を対象とした縦断調査を行ない,きわめて多くの剰余変数の交絡を統制した分析を行なった。詳細な分析の結果,社会的つながりの最も豊かな群とそれの最も乏しい群とを比較すると,後者の死亡リスクは前者の1.19倍であることが示された。この研究ではさらに,対人的なつながりと具体的な死因との関連も検討されている。このうち心臓血管系の病気での死亡リスクについて見ると,最もつながりの豊かな群のリスクと比較して最もつながりの乏しい群リスクは1.37倍であることが報告されている。この心臓血管系の病気に関して,その危険因子の一つとされているC反応性タンパクの濃度が,対人的なつながりと関連することを報告する研究もある(Ford,E.S.,Loucks,E.B.,& Berkman,L.F.,2006)。
このようなソーシャル・ネットワークの健康に対する直接的な影響メカニズムは,所属欲求need for belongingの観点から説明できる。社会的動物としてのヒトにとって,対人関係や集団・組織に所属することなしに生存することは不可能,もしくはきわめて困難である。そのため,なんらかの関係に所属することへの欲求は人間にとって基本的な欲求となっている。豊かなソーシャル・ネットワークをもつことは,この基本的欲求としての所属欲求が満たされていることを意味し,逆に乏しいソーシャル・ネットワークの中で生活することは所属欲求が十分に満たされていないことを意味する。このような欲求の満足・不満足は人の心身の健康を左右する。このことが,ソーシャル・ネットワークの直接効果となって現われているのである。
【サポートのネガティブ効果】 以上のように,周囲の人びととの間に良好な対人関係を築いていることは,人の適応に対して促進的な効果をもつことが多くの研究で示されてきた。しかしその一方で,他者からのサポートが人の適応にネガティブに影響する場合があることを示す研究もある。サポートの可視性についての研究はその一つである。サポートの可視性とは,提供されたサポートがその受け手によってどれくらいはっきりとサポートとして認識されるかの程度のことである。このサポートの可視性の効果について検討した研究では,可視性が高いサポートは多くの場合,ストレッサー下にあるサポートの受け手の心理的ディストレスを低下させる効果をもたないか(Bolger,N.,Zuckerman,A.,& Kessler,R.C.,2000;Shrout,P.E.,Herman,C.M.,& Bolger,N.,2006),あるいは逆にディストレスを高める効果をもつことさえある(Bolger,N.,& Amarel,D.,2007)ことを示してきた。サポートの可視性のネガティブな効果は,サポートの受け手にもたらされる情緒的なコストによって説明される。可視性の高いサポートは,その受け手に自分はサポート提供者よりも能力の低い人間であるという認識を生じさせる。このような上方比較は受け手の自己評価にダメージを与える。この自己評価へのネガティブな効果が,サポートを受けることによるポジティブな効果を打ち消したり,時にはそれを上回るネガティブな効果となって現われたりするのである。
サポートの可視性のネガティブ効果と同様の効果が,稲葉昭英(1998)によるソーシャルサポートの文脈モデルをめぐる研究でも認められている。このモデルでは,期待されたサポートの程度と実際に受け取ったサポートの程度のズレに着目し,受け取ったサポートが期待以下のものであったとき,その受け手はディストレスを経験すると主張している。このサポートの文脈モデルを実証的に検証した中村佳子と浦光博(2000)は,モデルの基本的な主張を支持するとともに,期待以上のサポートを受け取った場合でも受け手がディストレスを経験することを明らかにした。この結果も情緒的なコストの観点から説明できる。人は自分のストレスへの対処能力に応じて他者からのサポートを期待する。そのとき,期待以上のサポートを受け取ることは自身の対処能力の低さを認識させられることにつながる。このことが受け手の自己評価にダメージを与えることでディストレスが生じるのだと考えられる。 →援助 →ソーシャル・ネットワーク →対人関係
〔浦 光博〕
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