改訂新版 世界大百科事典 「ダイナミカルシステム」の意味・わかりやすい解説
ダイナミカルシステム
dynamical system
動的システムと訳す場合もある。工学の分野で,制御の対象となるプラントやプロセス,機械などの動作の因果関係を表すために用いられる数学モデルのある種類のものをいう。純粋数学の分野では,ダイナミカルシステムはもっと厳密な公理に基づく定義によって導入されるが,エンジニアリングの世界では,次に述べるような状態変数に基づいた便利な考え方に従って導入される。すなわち,制御対象の物理量の中で適当なものを選んでつくられるベクトルx=(x1,……,xn)を状態ベクトルstate vectorと呼び,制御対象の動作がこの状態ベクトルと入力変数の組u=(u1,……,ur)および出力変数の組y=(y1,……,ym)の間の関係式
dx/dt=Ax+Bu ……(1)
y=Cx+Du ……(2)
によってモデル化されるとき,これを線形ダイナミカルシステムという。ここに係数のA,B,C,Dは行列であるが,これらが時間tに依存しない一定値のとき,式(1),(2)のダイナミカルシステムは時不変time-invariantであるという。これに対して,それらが時間tとともに変化するとき,そのダイナミカルシステムは時変time-varyingであるという。
式(1),(2)で表されるダイナミカルシステムでは,一般に入力ベクトルは外から任意に操作できる物理量からなると考えられるが,このときこれを制御入力control inputという。出力は一般には測定できることが前提とされるが,状態ベクトルは直接測定できることを前提にしなくてもよい。式(1)は制御入力uを強制項とする線形常微分方程式である。状態ベクトルの初期値がどうであっても,ある時間区間にわたって適当な制御入力を加えることによって,式(1)の解x(t)をある時刻に0とすることができるとき,つまり状態ベクトルを原点にもっていくことができるとき,このダイナミカルシステムは可制御controllableであるといわれる。また制御入力は既知として,適当な時間区間にわたって出力を観測した結果からある時刻の状態ベクトルの値を一意的に決めることができるとき,このダイナミカルシステムは可観測observableであるといわれる。これら二つの概念は1960年前後にカルマンR.E.Kalmanによって導入され,互いに双対の関係にあることが指摘されたが,後にこれらの基本的な性質から線形ダイナミカルシステムの構造を明確化しうることがわかって,ここに線形システム理論linear system theoryと呼ばれる理論体系が確立されるに至った。
現在の制御理論では,制御対象をこのような線形システム理論でモデル化し,これに基づいて制御系を設計する方法を論じており,これを状態空間法state space approachという。この考え方によると,多入力かつ多出力の対象も容易に取り扱うことができ,コンピューターの発達とともにこの方法に基づく制御法の有用さが実証されるに及び,これを現代制御理論modern control theoryと呼んだりしている。これに対して,1960年以前までは,制御対象を1入力1出力のブラックボックスと見たて,その入出力特性を伝達関数で表したモデルに対して周波数領域で解析し,制御系設計を行う方法が展開され,体系づけられていた。これはフィードバック制御理論と呼ばれるが,現代制御理論と対比するときは古典制御理論classical control theoryと呼ばれることもある。
なお,制御対象の動特性が線形でないとき,非線形のダイナミカルシステムを導入することもあるが,これに基づく一般論の展開は難しく,工学的に見て有用な制御の理論は数少ないうえに,体系化がなされたものはほとんどないというのが現状である。
執筆者:有本 卓
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報