1911年の辛亥(しんがい)革命以降45年まで,チベットは実質的には独立に近い状態にあった。しかし49年,中華人民共和国が成立すると,中国共産党指導部は中国への統合を強化しようとした。56年にチベット自治区準備委員会を発足させたが,各地でチベット人の反乱が起こった。こうしたなかで59年3月,ダライラマ14世はインドへ亡命,中国軍はチベット全土を制圧したが,十数万のチベット人難民が生じた。この一連の過程を「チベット動乱」という。
出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報
1 イソオウギガニ科のカニ。浅海にすみ、甲は丸みのある四角形で、甲幅13センチくらい。全体に黄褐色。甲の縁と脚に太いとげが多数ある。本州中部以南に産し、食用。2 ズワイガニの別名。鳥取・島根地方でいう...