テブフィク・フィクレト(読み)てぶふぃくふぃくれと(英語表記)Tevfik Fikret

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「テブフィク・フィクレト」の意味・わかりやすい解説

テブフィク・フィクレト
Tevfik Fikret

[生]1867.12.24. イスタンブール
[没]1915.8.19. イスタンブール
トルコの文学者,詩人。本名 Mehmet。 1888年ガラタサライ・リセ卒業。官吏母校の国語教師を経て,96年『学問の富』 Servet-i Fünûn誌の主筆となり,詩の分野で活躍,名声を博した。同誌が出版禁止になると教職につき,専制批判の詩を発表。 1908年の「青年トルコ革命以後,母校の校長となった。手法や着想の面でも西欧化を唱え,純粋トルコ語を用いた詩を発表し,近代詩の先駆者として多くの功績を残した。詩集『ハールークのノート』 Halûk'un Defteri (1911) 。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「テブフィク・フィクレト」の意味・わかりやすい解説

テブフィク・フィクレト
てぶふぃくふぃくれと
Tevfik Fikret
(1867―1915)

トルコ近代詩の祖。イスタンブール生まれ。フランス系のガラタサライ高校卒業。外務省に勤務ののち、トルコ語教師として教鞭(きょうべん)をとり、母校の校長も務める。その一方で、雑誌『学問の富』を足場にして西欧化を志向する近代文学運動を推進し、またアブデュル・ハミト2世の専制政治を批判して世論を喚起した。詩作を通じて、西欧思想の導入とトルコ語の改革とに貢献した。代表作として『ハールークのノート』『いにしえの歴史』などがある。

[永田雄三]

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