日本大百科全書(ニッポニカ) 「ディアジオ」の意味・わかりやすい解説
ディアジオ
でぃあじお
Diageo plc
イギリスの酒類メーカー。1997年、ビールで有名なギネスGuinness plcと世界最大級の食品会社グランド・メトロポリタンGrand Metropolitan plc(通称グランドメットGrandMet)が合併して発足した。本社はロンドン。社名のディアジオとはギリシア語のdia(=day)とgeo(=world)の合成語で、「いつでも、どこでも」同社の製品を身近に親しんでもらおうという意味が込められている。
[安部悦生]
ギネスの歴史
ギネスは200年以上の歴史をもつ伝統あるビール会社である。1759年、アイルランドのダブリンでビール醸造業を立ち上げたアーサー・ギネスArthur Guinness(1725―1803)が同社を発展させていった。初期は普通のエールale(上面発酵法でつくられるイギリスやアイルランド独特の濃厚なビール)を醸造していたが、1799年にポーター・ビールporter beerの一種であるスタウト(黒ビール)を発売してから、同社は黒ビールで有名になった。ポーター・ビールのポーターとは運送人を意味し、通常のビールよりアルコール度数が高く栄養も豊富で、重労働のポーター向けに売られていたことに由来する。
19世紀なかばのアイルランドは飢饉(ききん)などで疲弊していたので、ギネスは早くからイングランドに進出し、評判を高めていった。同社は初代アーサー、二代目アーサー、三代目のエドワードと続く同族企業であったが、1886年に公開会社となる。また1920年代にはロンドンの郊外に大規模な醸造所を建設した。同社の特徴は、その代名詞的存在の黒ビールに加え、ほかの大手ビール企業がパブ(酒場)を系列化していた当時、パブを所有しなかったことである。その後、1936年にドラフトdraught(非加熱処理の樽(たる)入り生ビール)のギネスを発売し、黒ビール依存からの脱却を図った。さらに1950年代には大ヒットとなったラガー・ビール(貯蔵工程で低温熟成させたビール)のハープHarpを発売した。また有名な『ギネスブック』を創刊したのもこの時代である。
1960年代はギネスの牙城(がじょう)であった黒ビールの市場(元来、肉体労働者向けであった)が減少し、ギネスは多角化を開始した。医薬品、菓子、プラスチック、ビール以外の飲料などに進出を図ったが、これらの多角化のほとんどが成功しなかった。また在来事業のビールでも、パブが大手5社によって系列化されていたため、ギネスの売上げは伸び悩んだ。そこで、労働者階級向け黒ビールと中産階級向けエールの中間をねらった新製品を出したものの、どちらの層からも人気がなく失敗に終わった。
こうした低迷期を経て、1981年初めて外部からの専門経営者としてアーネスト・ソーンダーズErnest Saunders(1935― )がCEO(最高経営責任者)に就任した。ソーンダーズは従来の子会社160社を売却し、食品、出版、小売り企業(セブン・イレブンなど)を新たに買収し、業績不振にあえいでいたギネスを再建した。
さらに1986年にはウイスキーの大手メーカーであるディスティラーズ社を25億3000万ポンドもの巨額で買収、翌1987年に傘下のアーサー・ベルArthur Bell & Sonsと統合してユナイテッド・ディスティラーズUnited Distillers(UD)を発足させた。ただし、ソーンダーズはこの際にインサイダー取引を行った疑惑で摘発され、1987年に失脚している(ギネス・スキャンダル)。1988年コニャックのヘネシーで知られるLVMHモエヘネシー・ルイヴィトンと提携強化のために株式交換を行い、その後ビールやウイスキーなど酒類事業への集約を進めた。
[安部悦生]
グランド・メトロポリタンの歴史
一方のグランド・メトロポリタンは、マクスウェル・ジョゼフMaxwell Joseph(1910―1982)によって設立された。ロンドン生まれのジョゼフは最初は不動産業を行っていたが、徐々にホテル業に専念し、1934年にグランドメットの前身を立ち上げた。ホテル業はまもなく成功を収め、1962年グランド・メトロポリタン・ホテル・グループを設立。ホテル業のみならず、1972年に蒸留酒・ワインのインターナショナル・ディスティラーズ・アンド・ビントナーズInternational Distillers and Vintners(IDV)を、1980年にはタバコ・食品メーカーのリゲットLiggettを買収して食品事業に進出した。1981年にパンナム(パン・アメリカン航空)からインターコンチネンタル・ホテルを買収、同年の売上げは18億ポンドに上り、イギリス国内企業12位、またホテル業としては世界上位10社に食い込むほどの企業となった。
1980年代なかば以降、グランドメットは食品と飲料事業に力を入れ、1988年にはインターコンチネンタル・ホテル・グループを日本のセゾン・グループに売却してホテル業から撤退した。続いて翌年、マクドナルドに次ぐハンバーガー・チェーンであるバーガー・キングBurger Kingやグリーン・ジャイアント(冷凍食品)、ハーゲンダッツ(アイスクリーム)を傘下にもつアメリカのピルズベリーPillsburyを買収、また1995年にはテキーラなどで有名なオールド・エル・パソOld El Pasoを買収した。
[安部悦生]
合併後の事業内容
両社が1997年に合併して誕生したディアジオは、アルコール飲料メーカーとして世界最大手となり、合併当時の企業規模は売上げ合算で129億ポンド、従業員数は8万5000人に上った。ギネス傘下のユナイテッド・ディスティラーズ(UD)とグランドメット傘下のIDVは、合併に伴い蒸留酒部門のユナイテッド・ディスティラーズ・アンド・ビントナーズUnited Distillers and Vintners(UDV)に統合された。
合併後、ディアジオは酒類事業に経営資源を集中させる方針を打ち出し、2001年食品部門のピルズベリーをアメリカのゼネラル・ミルズ社に売却。2002年のバーガー・キング売却完了をもって周辺事業の切り離しを終えた。一方、2001年にはシーグラム(カナダ)の酒類部門を買収して、中核事業のさらなる拡充を図った。
それぞれの歴史からもわかるように、ディアジオは多くのブランド・子会社を保有している。ギネス社の黒ビールやハープなどのビールのほか、ジョニ―・ウォーカーJohnnie Walker、ベルズBell's、J&B(以上ウイスキー)、スミノフSmirnoff(ウォツカ)、ギルビーズGilbey's、ゴードンズGordon's(以上ジン)、ベイリーズBaileys(リキュール)など多岐にわたる。『ギネスブック』(『ギネス・ワールド・レコーズ』)を出版するギネス・パブリッシングもディアジオの所有子会社である。ディアジオの2009年の売上高は93億1100万ポンド、税引前利益は20億1500万ポンド、従業員数は2万4270人。なお、日本ではサッポロビールとビール販売を提携していたが、2009年に提携を打ち切り、キリンビールと合弁会社キリン・ディアジオを設立、同社が2009年からビールだけでなく、ウイスキーなど蒸留酒の販売も開始した。
[安部悦生]
『S. R. DennisonGuinness 1886-1939 ; from incorporation to the Second World War(1998, Cork University Press, Cork)』▽『Michael S. Moss, John R. HumeMaking of Scotch Whisky ; A History of the Scotch Whisky Distilling Industry(2000, Canongate Books, Edinburgh)』▽『Gretchen Antelman, Thomas Derdak ed.International Directory of Company Histories Vol. 1-50(St. James Press, Chicago)』