知恵蔵 「デニ・ムクウェゲ」の解説
デニ・ムクウェゲ
コンゴがベルギー領だった頃に宣教師の家で生まれ、病の子に寄り添う父の姿を見て医師を志す。ブルンジ共和国の大学で医学を学んでから地域の病院に勤務した後、フランスのアンジェ大学で産婦人科学を専門に学んだ。コンゴに帰国した後で内戦が始まり、自らの患者数十人が虐殺されたりしたため、草原にテントを張って治療を続けた。1990年代末にはブカブにパンジ病院を設立。ムクウェゲ医師が治療した性暴力被害女性の数は数万人ともいわれている。
紛争地における性暴力の実情は暴力や強制的な性行為にとどまらず、妊娠・出産ができなくなるほど生殖器が損傷したり、夫や子どもの前で性暴力を受けることで家族や親類・コミュニティーとの関係を絶たざるを得ないほど追い込まれたりするケースがある。また、エイズ(HIV)感染の被害もある。ムクウェゲ医師はこれらの実情を国際社会で訴えてきた。2012年、国連でコンゴにおける大規模な性暴力被害について報告した後、武装集団に襲われて欧州に逃れたが、患者からの帰国要請と支援により翌年、パンジ病院に戻った。
13年にスウェーデンの「ライト・ライブリフッド賞」、「ヒラリー・クリントン賞」、14年に「サハロフ賞」、16年に「ソウル平和賞」など、人権尊重や平和を目指す活動をたたえる各賞を受賞し、15年にはハーバード大学から医学名誉博士号も授与されている。ノーベル平和賞の授賞式では、紛争地における性暴力の実態を語り、コンゴで採掘されるゴールドやコルタン、コバルトなどの天然資源が、戦争や過激な暴力、絶望的な貧困の原因であることを訴え、「コンゴ民主共和国での暴力は、もうたくさんだ。今こそ、平和を」と述べて講演を締めくくった。
(若林朋子 ライター/2018年)
出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について 情報