日本大百科全書(ニッポニカ) 「デュフレンヌ」の意味・わかりやすい解説
デュフレンヌ
でゅふれんぬ
Mikel Dufrenne
(1910―1995)
フランスの美学者、哲学者。エコール・ノルマル・シュペリュール(高等師範学校)で学び、1932年哲学教授資格、1953年『美的経験の現象学』で博士号を獲得。ポアチエ大学教授を経て、1964~1974年パリ大学ナンテール校(現、パリ第十大学)教授。長年にわたってフランスの美学雑誌Revue d'Esthétiqueの編集責任者を務め、1968年の5月革命では学生の抗議を支持した。その周囲には研究者の輪が生まれ、学問的、人格的に大きな影響を残した。捕虜収容所でのP・リクールとの出会いから、その処女作のヤスパース論が共著で生まれた。人の実存への関心は、その全仕事を貫いており、その美学説の中核も人と実存世界との結合の問題にある。美的体験こそはその調和的結合を実現する真に人間的な事実であり、対象に込められた表現に応ずる主体の感情は、「間主観性」の基礎である。それはまた主体と自然との等質性を証(あか)すものでもあり、その共通基盤として生産力としての自然がある。このような基本構図のうえで、デュフレンヌはさらに主体と対象をつなぐア・プリオリなもの、人格性の概念にも考察を広げ、また構造主義に対する批判を展開した。
[佐々木健一 2015年5月19日]
『ミケル・デュフレンヌ著、長谷川宏訳『言語と哲学』(1968/新装版・1979・せりか書房)』▽『ミケル・デュフレンヌ著、山縣煕訳『人間の復権をもとめて――構造主義批判』(1983・法政大学出版局)』▽『ミケル・デュフレンヌ著、桟優訳『眼と耳――見えるものと聞こえるものの現象学』(1995・みすず書房)』