トビウオ(読み)とびうお(英語表記)flying fish

翻訳|flying fish

日本大百科全書(ニッポニカ) 「トビウオ」の意味・わかりやすい解説

トビウオ
とびうお / 飛魚
flying fish

硬骨魚綱ダツ目トビウオ科海水魚の総称、およびそのなかの1種。世界中の熱帯から温帯に広く分布し、沿岸や外洋の表層に生息する。体は細長く、側線は腹面近くを走る。背びれ、臀(しり)びれは後方に位置する。尾びれの下葉が上葉より長く、胸びれが翼状に伸長し、数種を除けば体長の70~80%余りあるのが著しい特徴。腹びれは6軟条からなり、胸びれより著しく後方にある。全長は35センチメートル前後であるが、種類によっては50センチメートルを超すものがある。動物プランクトンを主食とする。夜間光に集まる。

[落合 明・尼岡邦夫]

卵・稚仔魚

熟卵は球形で、直径1.5~2.0ミリメートルほどあり、卵膜の表面に生える長い細糸で、流れ藻や浮漂物に絡まる。細糸の長さや数、ある場所は種類によって著しく異なる。

 受精後10~15日で、全長5ミリメートル余りの幼生が孵化(ふか)する。幼生期には一時的に下顎(かがく)が突出して、サヨリの仲間のような外観となる。また、下顎の先端に1本ないしは1対のひげ状物があり、種類によっては体よりも長い。体を浮かし、滑空するのに役だてられる。

[落合 明]

種類

世界には60種近く、日本には30種ほどが知られている。

 ツマリトビウオParexocoetus brachypterusは、全長20センチメートル以下の小形のトビウオで、胸びれ、腹びれともに相対的に短く、トビウオ類では原始的な種類である。胸びれは透明で、背びれは基底部を除いて黒く、尾びれと腹びれが雄で淡紅色であるのも著しい特徴。日本海側では若狭(わかさ)湾、長崎県、太平洋側では房総半島以南の黒潮域、小笠原諸島、朝鮮半島など、太平洋・インド洋にかけての熱帯域、パナマ湾に分布する。

 和名トビウオCypselurus agooは、東京ではホントビ、九州・中国地方ではアゴともよばれ、比較的大形で全長35センチメートルになる。胸びれの上方2本の鰭条(きじょう)が不分枝である。北海道内浦湾以南の太平洋側と、秋田県以南の日本海、朝鮮半島、黄海、台湾などに分布する。

 ホソトビウオCypselurus hiraiiは、やや小形で全長25センチメートル、名前のように体が細身で頭が小さく、腹面が丸みを帯びるのが特徴。胸びれや腹びれは長いが、尾柄(びへい)に達しない。北海道南部から台湾に至る沿岸水域に生息し、日本沿岸でもっとも普通の種類である。

 ハマトビウオCypselurus pinnatibarbatus japonicusは、カクトビともよばれ、腹面が角張り、舌の先端が細いのが特徴。全長35センチメートル余り。北海道西部から九州南部の沿岸を南北回遊する。

 アヤトビウオCypselurus poecilopterusは、体が太くて短く、胸びれに楕円(だえん)形の暗褐色斑があるのが特徴。全長は25センチメートル余り。北海道以南の太平洋と富山県以南の日本海、小笠原諸島、朝鮮半島、台湾、インド洋、西太平洋の熱帯域に広く分布する。

[落合 明・尼岡邦夫]

滑空

近縁のサヨリ類は、危険を感知すると、水面より空中に飛び出し、半弧を描いて水中に落下する。トビウオ類ではこの能力がとくに発達し、150メートルまたはその倍以上も滑空する。滞空時間は最大45秒間、滑空の高さは水面から数メートルにもなり、平均の滑空速度は時速60キロメートルである。微風または上昇気流があると滑空距離や滑空時間が増大する。

 シイラやマグロ類、イルカ類などの仲間に追われると、急激に尾部を左右に振って遊泳速度を高める。水中の速度が秒速20メートル近くになると、頭や前半身が水面上に出る。このとき水面下にある尾びれの下葉は、1秒間に50回ぐらいの猛烈な速さで左右に振動し、胸びれを広げて水面を滑走する。やがて水から離れると、腹びれも開いて滑空する。ときには、滑空の際にふたたび尾部を水に触れ、その振動によって加速度をつける。水面との接触回数は1回が21%、2回が10%、3回が8%である。

 空中では鳥や昆虫のように羽ばたきによって上昇力や前進力を増すことはできない。胸びれや腹びれは空気の浮揚力を大きくし、滑空の方向を変えるのに役だてられる。トビウオ類の体の構造は滑空に適するようになっている。体の形はグライダーの胴体のように円筒形で細長く、腹面が平たい。うきぶくろが大きく、消化管が短小なのも比重を小さくしている。胸びれの各軟条は背腹方面へ伸びており、胸びれ条数が原型の12本から増加して多いものでは20本もある。

[落合 明・尼岡邦夫]

漁業

ホソトビウオ、ツクシトビウオ、ハマトビウオなどが水産業上重要で、年間漁獲量は、1970年代は平均9700トン、1980年代は平均1万トンあまりあったが、1990年代は平均5800トンと半減した。2006年までの記録しかないが、2000年代に入っても平均5700トンと半減したまま留まっている。漁獲量は東京付近から鹿児島県の太平洋、青森県から長崎県までの日本海、とくに長崎県、島根県および鹿児島県に多い。おもに定置網、刺網、敷網、巻(旋)網、船引網などで漁獲される。

 ホソトビウオやツクシトビウオは春から夏にかけて、南から北へ回遊しながら産卵するので、産卵場がよい漁場となる。水温17℃ぐらいから漁獲量が多い。ハマトビウオは高知県から鹿児島県で11月から翌年2月、薩南(さつなん)海域で1~4月、八丈島・伊豆大島で3、4月に漁獲される。

[落合 明]

食品

空中を飛ぶため内臓が小さく、鮮度が落ちにくい。脂質が比較的少なく、タンパク質に富んでいる。身は水っぽいので刺身には向かない。淡泊な味を生かして塩焼き、脂肪分を補ってフライ、バター焼き、香ばしい香りをつけて照焼き、つけ焼きなどにする。かまぼこの材料にも用いられる。出回り時期が短いので、多くは干物、塩乾物に加工する。山陰や、瀬戸内海から九州にかけてはトビウオをアゴとよび、干したものを干しあご、焼き干しにしたものを焼きあごといい、野菜と煮たり、高級なだしをとる材料として利用している。

河野友美・大滝 緑]


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改訂新版 世界大百科事典 「トビウオ」の意味・わかりやすい解説

トビウオ (飛魚)
flying fish

ダツ目トビウオ科Exocoetidaeの海産魚の総称で,九州では一般にアゴと呼ぶ。この仲間は胸びれと腹びれ(4翼のトビウオ),または胸びれのみ(2翼のトビウオ)がとくに発達し,尾びれの下葉も大きいほか,体が円筒形で細長く,消化管は短小で,かつ,うきぶくろが大きいために体重が軽いなど飛行に適した構造をもつ。イルカ類やシイラ・マグロ類などの天敵に追われたり,近づく船に驚いたりすると,水中から飛び出て,ときに300~400mも空中滑走する。滑空に当たって,まず水面下を尾びれを左右に強く振って急速に泳ぎ,水面上に跳び出す。その瞬間胸びれと腹びれをいっぱいに広げ,尾びれの下葉でさらに水面を打ち続けて空中に浮揚する。高速度撮影の結果によると,このときの尾びれのビートは毎秒50回,滑空の初速は時速70kmに及ぶ。また,翼となるひれは固定されており,南アメリカ産のハチェットフィッシュhatchet fishのように羽ばたくことはない。滑空の間に腹びれを動かして若干向きを変えたり,着水しかかると尾びれを振って再度浮揚したり,同時に方向転換したりすることができる。一部の種類では,胸びれが鮮やかな色や模様で彩られる。また,全長数cmの幼若魚でも飛ぶことができ,短距離の飛行を繰り返す。

 トビウオはサヨリに近縁で,幼期には下あごが突出したり,下あごに長さや形のさまざまなひげを備えたりする。世界中の海から7属60種ほどが知られ,その大部分が4翼のトビウオに属する。日本近海で見られるのは約30種で,その中の数種が水産上重要である。これらはすべて暖海性で,春夏の水温上昇につれて南日本から北上し,秋の水温低下とともに南下するらしい。多くは春~夏に産卵し,卵膜には多数の細長い糸が生えており,これで流れ藻などにからみつく。重要種の一つであるツクシトビウオCypselurus heterurus doederleiniは毎年八十八夜のころ種子島に大群で押し寄せ,その後太平洋側と日本海岸でふつうに見られ,盛夏には北海道南部に達する。全長35cm。ホソトビC.opisthopus hiraiiはツクシトビウオと同様に九州沿岸を経て太平洋側と日本海側を北上し,産額が多い。全長28cm。日本海沿岸では本種をマル,前種をカクと呼び区別している。ハマトビウオC.pinnatibarbatus japonicusは晩秋から冬にかけて九州,四国の太平洋側,春先から八丈島方面,晩春と初秋には房総沖で漁獲される。大型種で全長50cm,体重1kgにもなり,トビウオとしては珍しく冬に産卵する。アキツトビウオPrognichthys agooはホントビ,または単にトビウオとも呼ばれる。琉球から房総沖合にかけて分布し,夏に八丈島付近で,秋に九州南部で漁獲される。全長36cm。宮崎県では本種をコトビ,ハマトビウオをオオトビと称する。赤紫色の胸びれをもつアカトビC.atrisignisはハワイから台湾に分布し,八丈島ではやはり夏に多獲される。全長33cm。胸びれに楕円形の暗色斑があるアヤトビウオC.poecilopterusも南方系の種類で,九州南部,伊豆七島で盛夏に漁獲される。全長27cm。東京市場でセミトビ,室戸岬でモンツキ,種子島でホシトビなどと呼ばれる。関東ではとくに八丈島方面でトビウオの漁獲が多く,これを春トビと夏トビに分けているが,春トビはおもにハマトビウオ(通称カクトビ)1種,夏トビはアキツトビウオ(アオトビ),アカトビおよびアヤトビウオの3種からなる。

 トビウオをとるために昼間は巻刺網,夜間は浮刺網が操業され,船引網や定置網でもかなりの漁獲がある。九州方面では大型種をはえなわで釣獲する。これらの漁法による漁獲量は年間計8000~1万tに及ぶ。伊豆七島や種子島では,トビウオ漁の地域経済に占める比重がはなはだ大きい。大型のトビウオは鮮魚として出荷されるほか,干物,伊豆七島名産の〈くさや〉などに加工される。東京では4~5月三宅島付近でとれるものを美味としている。小型魚,とくに幼魚は煮干しにして〈だし〉に使う。九州の〈干しアゴ〉がこれである。さらに釣餌としても用いられる。
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食の医学館 「トビウオ」の解説

トビウオ

《栄養と働き&調理のポイント》


 トビウオは胸びれを広げて飛翔(ひしょう)することから、縁起のよい魚としてお祭に用いられます。
 日本近海には20種ほど生息しますが、本種を「ホントビ」といって他種と区別します。
○栄養成分としての働き
 トビウオは、脂質が少なくたんぱく質の多い白身魚。リンやカリウムなどのミネラルが多く含まれます。リンは歯や骨をつくる主材料となるほか、細胞膜を構成し、細胞の成長と分化に働きます。また神経や筋肉の機能を正常に保たせます。
 白身であっさりした味わいの魚ですが、100g中に2.3mgのビタミンEを含んでいます。
 ビタミンB6、B12も多く含まれますが、B6は健康な皮膚や髪、爪などをつくり成長をうながすほか、ビタミンの吸収や正常な免疫機能を維持します。肌荒れ、口内炎(こうないえん)、ストレスの症状におすすめ。B12は集中力を高め、精神を安定させます。
 春先から夏の終わりごろまで流通しますが、産卵が終わり栄養状態がよくなった夏が旬(しゅん)。うろこが光り、えらがピンとしていて、目が黒く澄み、背の部分が青黒く輝いているものが新鮮です。
 淡泊な味なので、塩焼きや照り焼き、フライやバター焼きなどに向いています。
 たまごは「トビコ」といって、寿司ダネに用いられます。

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百科事典マイペディア 「トビウオ」の意味・わかりやすい解説

トビウオ

トビウオ科の魚の総称。地方名アゴ,タチウオなど。日本近海にも20数種おり,いずれも胸びれがよく発達し,消化管などは形が単純で飛ぶのに都合がよい。ときに300〜400mも空中滑走する。最大種のハマトビウオは全長50cm,体重1kg以上にもなる。低温を好み,表面水温20℃以下の水域にもすむ。八十八夜のころから種子島あたりでとれ始めるホソトビ(全長28cm),ツクシトビウオ(全長30cm)などは,7〜8月には北海道南部にも北上する。その他夏季に日本近海にくるものはアキツトビウオ(ホントビとも),アヤトビウオ,アカトビなど。一般に卵は糸状の突起をもち,これで海藻などにからみつく。流し刺網などで漁獲され,塩焼,フライ,大型のものは刺身にもされる。また干物(伊豆七島名産の〈くさや〉が有名)としても出荷される。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「トビウオ」の意味・わかりやすい解説

トビウオ
Cypselurus agoo agoo

ダツ目トビウオ科の海水魚。別名アキツトビウオ,ホントビ。体長 35cm。体は長く,背面は平たい。側線は腹面近くを走る。鱗は円鱗ではがれやすい。尾鰭の下葉は上葉に比べて大きい。胸鰭は特に長く,よく発達しており,背鰭の後端に達する。この胸鰭を水平に開き,尾鰭で水面を強く打って水面から飛び出し,水面上 2~3mの高さを滑空する。沿岸の表層で生活する。南日本,台湾に分布。食用として美味。

トビウオ

「トビウオ科」のページをご覧ください。

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栄養・生化学辞典 「トビウオ」の解説

トビウオ

 ダツ目トビウオ科の食用海産魚.ホントビ[Cypselurus agoo agoo],ホソトビウオ[C. hiraii],ハマトビウオ[C. pinnatibarbatus]など.

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