内科学 第10版 「トリパノソーマ症」の解説
トリパノソーマ症(原虫疾患)
トリパノソーマ(Trypansoma)属原虫による感染症で,アフリカに分布するガンビアトリパノソーマ(Trypanosoma brucei gambiense),ローデシアトリパノソーマ(T. b. rhodesiense)によるアフリカトリパノソーマ症(睡眠病,sleeping sickness)と中南米に分布するクルーズトリパノソーマ(Trypanosoma cruzi)によるアメリカトリパノソーマ症(Chagas病,Chagas disease)がある.
原因・病因
アフリカにおいて睡眠病の原因となるT. bruceiに属する2種の原虫は,分布域,媒介昆虫種,宿主域,病態に差異がある.T. b. gambienseはヒトだけに感染する.一方,T. b. rhodesienseはヒトだけでなく,家畜,動物にも感染し,人獣共通感染症である.吸血性媒介昆虫(ツェツェバエ,tsetse fly)の中腸内でプロサイクリック錐鞭毛型(procyclic trypomastigote)として増殖後,ヒトに感染能をもつメタサイクリック錐鞭毛型(metacyclic trypomastigote)となり,吸血時に感染が起こる.ヒト体内では血液,リンパ節,脳脊髄液などで増殖する.Chagas病の原因となるT. cruzi人獣共通感染症でイヌ,ネコ,アルマジロを含めた100種以上の哺乳動物などに感染する.媒介昆虫は吸血性のサシガメ(トリアトーマ,triatomine bug)である.吸血時にサシガメの中腸内に取り込まれた錐鞭毛型(trypomastigote)は上鞭毛型(epimastigote)に分化・増殖し,さらに感染性のメタサイクリック錐鞭毛型となり昆虫の糞便中に出現する.ヒトへの感染は,昆虫に吸血される際に昆虫の便中の原虫が,傷口や眼瞼結膜などから侵入することで起こる.人体内に侵入した原虫は急性期にはマクロファージなど,続いて神経細胞,筋細胞などの細胞質で増殖する.輸血による感染(米国などの先進国でも),先天感染(経胎盤感染),サシガメの混入したジュースによる経口感染も問題となっている.
疫学
ガンビアトリパノソーマ症は中央・西アフリカに,ローデシアトリパノソーマ症は東・南アフリカに分布している.患者数は年間5~10万人に達すると思われるが,6000万人が感染リスクを負い,そのうちの400万人のみがサーベイランスの対象となっているとの報告もある.アメリカトリパノソーマ症はメキシコ以南の中南米のすべての国に分布する.サシガメは米国南部にも存在する.年間800万人が感染し,2万人が死亡すると報告されている.
臨床症状
アフリカトリパノソーマ症の初発症状は昆虫の刺咬部位の硬結である.ついで発熱,頭痛,関節痛,リンパ節腫脹,肝脾腫などが現れる.頸部のリンパ節腫脹はT. b. gambiense感染にみられる.末期には原虫は血液脳関門(blood brain barrier)を破り中枢神経系に侵入し,躁うつ・錯乱などの精神障害,傾眠・昏睡などの神経症状を起こす.T. b. gambiense感染は慢性に推移するが,T. b. rhodesiense感染は急性に進行し,悪性度が高い.アメリカトリパノソーマ症の初発症状はサシガメの刺咬部位の硬結,片側性の眼瞼浮腫である.ついで発熱,リンパ節腫脹,肝脾腫,心筋炎などをみる.急性期後,無症状期を経て数年から数十年を経て,刺激伝導系異常,心筋炎,心筋症などの心臓の異常を呈する.また,巨大食道症,巨大結腸症などを呈する.
診断
アフリカトリパノソーマ症の診断では,血液・脳脊髄液・リンパ節などから顕微鏡で原虫を検出する.培養やPCRによる原虫検出やCATT(card agglutination test for trypanosomiasis)などの免疫学的検査も用いられる.アメリカトリパノソーマ症の診断では,急性期の血液・骨髄・リンパ液などからの顕微鏡やPCRによる原虫検出を行う.また血中抗体を検出する.また未感染のサシガメに患者血液を吸血させ数週間後に原虫の検出を行う体外診断法(xenodiagnosis)も用いられる.
治療
アフリカトリパノソーマ症では,原虫が中枢神経系に侵入する前にはスラミンあるいはペンタミジンを使用する.中枢神経症状を示したり,脳脊髄液に感染の兆候がみられた際には,感染原虫がT. b. gambienseであればジフルオロメチルオルニチン(DFMO,エフロニチンeflornithine)かメラルソプロール(melarsoprol)を,T. b. rhodesienseであればメラルソプロールを使用する.いずれの治療薬もきわめて毒性が高い.アメリカトリパノソーマ症では急性期のみが化学療法の対象であり,ベンズニダゾール(benznidazole, ラダニルRadanilなど)またはニフルチモックス(nifurtimox,ランピットlampit)が用いられる.慢性期は外科手術を含めた対症療法が行われる.[野崎智義]
出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報