翻訳|placenta
胎生動物において,胚および胎児の組織と,母体(理論上は父体でも可)の組織とが緊密に接着し,両者の間に物質の交換や細胞レベルの相互作用など,生理的に重要な相互関係が生じている場合,そのような組織複合体を胎盤といっている。したがって,胎盤と呼ばれる器官には胚性組織から成る部分と,母体(または父体)性組織から成る部分とがある。胎盤形成を伴う生殖様式は真胎生と呼ばれる。胎盤形成を伴わない胎生は,卵胎生と呼ばれることがあるが,真胎生と卵胎生の区別は明確につけにくい場合も少なくない。真胎生を厳密に定義して,事実上哺乳類以外はすべて卵胎生と考える研究者もあるが,本項においては,胎盤形成の認められる種はすべて真胎生とする。それは,胎盤形成が本質的な生物学的意味をもつと考えられるからである。
胎盤をもつ動物は脊椎動物では,ひじょうに広い系統グループにわたって分布しており,円口類と鳥類を除くすべての綱にその例を認めることができる。とりわけ哺乳類は,卵生である単孔類を除き,すべてひじょうに発達した胎盤を形成する(なお,無脊椎動物でも海綿動物には,胚組織と親個体組織が密接な相互作用を示すものがあり,これを擬似胎盤と呼んで,胎盤の原型と考える人もいる)。哺乳類以外の動物グループでは,真胎生種は卵生種に比較してきわめて少ない。動物の中できわめて高度の進化を遂げた哺乳類が,単孔類を除いてすべて真胎生であることは重要な意味がある。哺乳類のヒトに至る進化は,進化の歴史の中で相対的にひじょうな短期間に行われたと一般に考えられている。その理由の一つは,高度に発達した真胎生過程,すなわち胎盤を介する妊娠過程の完成であったと推論する研究者が多い。
哺乳類以外の脊椎動物では,軟骨魚類と爬虫類の一部によく発達した胎盤をつくるものが知られている。とくに胎生爬虫類の胎盤は系統的に哺乳類に近縁であることから,胎生過程の進化を知るうえで興味深いが,まだ十分な研究が行われていない。
着床は胎盤形成の初期過程として,哺乳類の生殖や発生現象を研究するうえで,たいへんに重要な問題である。真胎生動物の妊娠中に,胎盤を介して起こる胚または胎児と,母体との相互作用の中で,最も重要なのは免疫学的なそれである。一般に胚および胎児は,父親由来の組織適合性抗原の発現のために母親に対して抗原性を有している。したがって妊娠中の胚や胎児は,一種の移植組織として,母体の免疫拒絶反応によって除去されていいものなのであるが,実際にはそのようなことは起こらない。すなわち,なんらかの機構によって,胚や胎児はそのような反応から保護されているのである。同様の機構が癌とその宿主との間にも働いていることが十分に推測されるところから,この問題については近年ひじょうに多くの研究がなされているが,いまだにその全容は明らかでない。しかし,着床の初期において,胚と母体の間に免疫情報の流れを制御する機構のあるらしいこと,母体免疫機構は制御されながら流入してくる胚および胎児抗原に対して反応する一方で,その反応に対して特異的な抑制効果をもつような作用が妊娠期間中しだいに確立されるらしいこと,また胎盤には免疫反応が起こっても直ちに組織の障害とならないように保護する機構が備わっていることなどが明らかにされている。胎盤形成過程の進化,すなわち真胎生の進化は,母体の免疫反応を制御する機構の進化と密接なかかわりがあったものと推測される。
→胎生
執筆者:舘 鄰
胎盤は,他の真胎生動物の場合と同じように,胎児の発育,生存に不可欠な重要臓器で,胚組織と母体組織が接着した複合構造である。胎盤は胎児娩出後に起こる子宮収縮(後産期陣痛)によって約30分以内に自然に娩出される。
胎盤はラテン語でもplacentaというが,これはドイツ語のMutterkuchenの示すように〈菓子〉を意味する。これは成熟した胎盤の形がホットケーキ状をしているためでもあろう。娩出された胎盤は直径15~25cm,厚さ1.5~3cmの円盤状で,その重さは約500g,胎児体重のおよそ1/6にあたる。胎盤は中央部分が厚く周辺部は薄い。子宮壁に付着した状態の胎盤は,娩出後の胎盤に比し厚みがある。胎盤の子宮壁付着側は母体面,胎児側は胎児面と呼ばれる。胎児面のほぼ中央部からは臍帯(さいたい)が出ている。母体面は突出した脱落膜で形成される胎盤中隔によって,15~20個の胎盤葉に分かれている。胎盤葉の内部には,絨毛(じゆうもう)が母体血の充満した絨毛間腔に一部は浮遊,一部は胎盤中隔に固定した状態で存在している。この固定した絨毛は胎盤が子宮壁から剝離するのを防止する役割をもっている。絨毛の中には胎児血が流れている。
胎児血は絨毛表面を介して母体血と接しているが,組織学的には両者の血液の間に,母体血側からトロホブラストtrophoblast(シンシチウム細胞syncytium cellとラングハンス細胞Langhans'cell),その細胞下の基底膜,絨毛間質,胎児毛細血管壁が存在し,後に述べるような物質の輸送にそれぞれ重要な役割を果たしている。この物質の交換にあずかる絨毛の全表面は13~14m2に達するとされ,これは成人の体表面積の約10倍になる。
妊卵は,受精後6~7日で子宮内膜に着床するが,その妊卵からトロホブラストが分化,形成される。このトロホブラストは,脱落膜化した子宮内膜を融解しつつ侵入,増殖し,破壊された脱落膜欠損部には母体血が進入して血液腔ができる。これが絨毛間腔である。胎盤の形態は妊娠4ヵ月にはほぼ完成する。このころ胎盤は子宮後壁あるいは前壁のほとんどを占めるが,その後は子宮の増大に比して相対的に発育が遅く,妊娠末期には子宮内面の1/4から1/6くらいの大きさになる。胎盤は妊卵由来の絨毛と,母体由来の床脱落膜の一部から形成されることになる。
胎盤には母体血,胎児血がそれぞれ流入,流出する(ただし胎盤で母体血と胎児血とが直接混じり合うことはない)。その血流量は母体血が600ml/min,胎児血が90ml/min程度と考えられている。胎児血は胎児内腸骨動脈に連続する2本の臍動脈によって胎盤に入り,1本の臍静脈を通って胎児へと運ばれる。
胎盤は胎児と母体の間にあって物質輸送の中心的な役割を果たしている。その輸送の形態は複雑で,単に物理的拡散によって物質が運ばれる場合があるだけではなく,ある場合には物質を通過させず障壁の役割を果たす。また,ある場合には能動輸送や,胎盤の独自の代謝系によって,物質を変化させて輸送する場合もある。
ガス交換は胎盤の重要な役割の一つで,胎児は胎盤で母体血から酸素を受けとり,二酸化炭素を放出している。糖質,アミノ酸,塩類,水分などの栄養分も,拡散により,または能動的に輸送される。抗体タンパク質であるIgGも胎盤を通過し,出生直後の新生児免疫能に重要な役割を果たす。ウイルスも胎盤を通過するが,梅毒や結核では,病原体が胎盤の輸送機構を破壊することによって胎児に侵入する。薬物は種類,母体血中濃度などにより移行性が異なる。
胎盤は物質の輸送だけではなく,妊娠の維持,胎児の発育に必要な諸種のホルモン,例えば絨毛性ゴナドトロピン,胎盤性ラクトゲン(略号PL),諸種のステロイドホルモンを分泌している。また,多種の代謝機構をもっており,多くの酵素が存在している。
胎盤の異常には,大きさ,形態の異常のほか,付着部位の異常(前置胎盤など),剝離の異常(常位胎盤早期剝離,癒着胎盤など),胎盤機能の異常(胎盤機能不全)などがある。胎盤の形態,付着部位などの診断には,今日,超音波断層法が用いられ効果をあげている。また機能面の診断には,胎盤に由来するホルモン,酵素などが測定される。
執筆者:佐藤 孝道
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
胎生動物において胚(はい)および胎児由来の組織と母体子宮内膜由来の組織が緊密な接触を保って両者間に物質交換など生理的に重要な相互関係を生じている組織複合体を胎盤といい、血管に富んだ臓器である。
胎盤の形態は動物によって異なる。ヒトの胎盤はパンケーキ状で、語源的に平らなケーキの意味をもつplacentaにふさわしいが、ネコやイヌでは帯状、ヒツジやウシはロゼット状などいろいろな形態がみられる。
[新井正夫]
繁生絨毛(はんせいじゅうもう)膜と基底脱落膜からなる盤状胎盤で、妊娠4か月末に完成する。妊娠末期には円形または楕円(だえん)形で、扁平(へんぺい)な円盤状を呈し、直径15~20センチメートル、厚さは中央部で2~3センチメートル、重さは約500グラムで胎児体重の約6分の1に相当する。胎盤の子宮壁につく面を母体面といい、胎児に対する面を胎児面という。母体面は暗赤色で、大小不同の分葉に分割されて石垣状を呈する。胎児面は平滑で淡灰色を呈し、表面は羊膜で覆われている。新鮮な胎盤は灰白色の薄膜が各分葉の表面を覆い、分葉間の溝の中にも侵入し、やや厚い隔壁(胎盤中隔)を形成する。胎盤の微細構造は複雑である。絨毛組織は絨毛樹を形成し、その幹の部分は絨毛間腔(くう)の中央にあり、絨毛膜板と基底板との間を直角に連ねている。絨毛樹の中には胎児の血流が通っているが、一方、絨毛間腔内には母体血が充満している。この両者間でガス交換が行われるほか、各種の有機物や無機物質溶液、色素、免疫体などが通過し、胎盤は胎児にかわって消化器をはじめ、肺・腎(じん)・肝臓の作用をするわけである。また、胎盤ホルモン(おもに性腺(せいせん)刺激ホルモン)を分泌するが、これは妊娠の早期診断に応用される。
胎盤血行には、胎児血行と母体血行がある。胎児血行は臍(さい)動脈から絨毛内の毛細管網内に入り、絨毛間腔の母体血から酸素や栄養素をとって炭酸ガスなど不要物質を放出して動脈血となり、臍静脈に集まる。母体血行は、子宮胎盤動脈から動脈血を絨毛間腔へ送り、胎児の静脈血に酸素や栄養素を与え、炭酸ガスなど不要物質を受けて静脈血となり、胎盤の辺縁にある辺縁静脈洞内に流入して子宮胎盤静脈を経て母体の心臓に戻る。
完成した胎盤は、母体の脱落膜と受精卵からの絨毛膜・羊膜とからなる。胎盤が完成するまでは受精卵と子宮との結合は弱く、流産をおこしやすいが、完成すると結合が相当に強くなって流産の危険も少なくなる。また、胎盤にも寿命があり、妊娠があまり長く続くと機能を失って老化してくる。分娩(ぶんべん)前に老化がおこると、酸素の供給不足などで胎児が危険になる。したがって、分娩予定日より半月以上も出産が延びる遷延妊娠の場合には、胎盤の老化が進行しないうちに人工的に分娩をおこさせるようにする。
なお、胎児と胎盤は機能的には一つの単位としてみなければならず、胎児‐胎盤系とよばれている。また、尿中・血中絨毛性ゴナドトロピンの検査や羊水検査など、胎児の予後に関連する胎盤機能検査が行われる。
[新井正夫]
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
出典 母子衛生研究会「赤ちゃん&子育てインフォ」指導/妊娠編:中林正雄(母子愛育会総合母子保健センター所長)、子育て編:渡辺博(帝京大学医学部附属溝口病院小児科科長)妊娠・子育て用語辞典について 情報
出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
…子房は1室~多室で,2室以上のものでは,隔壁septumで仕切られている。 胚珠のつくところを胎座placentaとよぶが,これは基本的に心皮の二つの縁辺である。ピーマンのように胎座が大きくなり,多数の胚珠をつけることがあり,スイカやナスでは子房室が胎座により満たされる。…
…哺乳類では,子宮の壁を形成している平滑筋の収縮により,胎児を包んでいる胎膜が破れ,胎児が腟を通り腟口から体外に押し出されることが多い。ついで胎盤が放出される。これを後産(あとざん)という。…
…胎盤は通常,子宮体部に付着するが,子宮の入口(内子宮口)にかかって付着している場合,これを前置胎盤という。妊娠末期から分娩に入るころ,子宮がたびたび収縮して卵膜が子宮からはがれるようになり,子宮口が開いてくると,この部分に付着していた胎盤がはがれて出血を起こす。…
…ヒトの場合は受精後8週までは,各胚葉からいろいろの器官の分化が終わるまでの期間なので,これまでを胎芽embryoといい,これ以後を胎児という。胎児は羊水中に浮いており,臍帯(さいたい)で胎盤とつながっている。胎盤は子宮壁につき,この中には胎児側から臍帯を通じて血管が入り込み,胎児はここでガス交換(呼吸)や物質交換を行って発育していく。…
…メクラウナギ類では存在しないといわれる。(11)胎盤 胎児性のシンシチウム栄養細胞は生殖腺刺激ホルモンを生産する。妊娠中のウマの血清中に存在する生殖腺刺激ホルモンは,母体の子宮組織から生ずる杯状構造から分泌される。…
…胚が母体と組織によって物理的な連絡をもち,さらにはそこを通じて物質交換を行い,胎発生を進行させるようになっている状態のことをいう。胎生の魚類などでも,胎盤あるいは類似の組織で胚が母体とつながっている場合には妊娠と呼ばれる。哺乳類では,妊娠は,受精卵が発生しはじめ,胚盤胞の状態で子宮壁に着床したときから始まり,出産のときに終わる。…
…排卵を抑制するので人工の強力な黄体ホルモンも多数合成されている。(12)胎盤のホルモン 胎盤からは種々のホルモンが分泌される。生殖腺刺激ホルモンも分泌されるが,下垂体のものと一次構造が類似し,二つのサブユニットからなる。…
※「胎盤」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
年齢を問わず、多様なキャリア形成で活躍する働き方。企業には専門人材の育成支援やリスキリング(学び直し)の機会提供、女性活躍推進や従業員と役員の接点拡大などが求められる。人材の確保につながり、従業員を...
10/29 小学館の図鑑NEO[新版]動物を追加
10/22 デジタル大辞泉を更新
10/22 デジタル大辞泉プラスを更新
10/1 共同通信ニュース用語解説を追加
9/20 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新