古代ローマ市民が着用した外着。語源は「覆う」を意味するラテン語tegereである。起源については、〔1〕エトルスク人が着用していたテベンナtebennaというショールの一種からとする説、〔2〕ギリシア人の着ていたヒマティオンhimationを継承したものとする説があるが、今日では〔1〕が有力である。初期には男女、階級に関係なく広く用いられ、小さく単純な外着であったが、共和政時代には婦人の着用が禁じられて男子だけが着用した。そしてしだいに大きな衣服となり、着装法も複雑になって、ローマ帝国の権威を象徴するものとなった。紀元前2世紀がその極盛期といえる。一般にはウール地の半円形であるが、全盛期にはレモン形に裁たれ、その長軸を二つ折りにして袈裟(けさ)がけに着用した。長軸は6.5メートル、短軸は2.5メートルに達したといわれる。その複雑なひだの形式と色や装飾によって、着用者の階級が表示された。しかし3世紀ごろになると、すでに形式的なものとなり、4世紀にはほとんど着られなくなって、実用的なパリュームpalliumがこれにかわった。
[菅生ふさ代]
春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...