ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ハウザー」の意味・わかりやすい解説
ハウザー
Hauser, Kaspar
[没]1833.12.17. アンスバハ
1828年5月ドイツのニュルンベルク市当局に保護された出自不明で,ろくに口もきけなかった少年。付け手紙によれば,12年 10月7日の出生で,ある騎兵将校の子で,名はカスパルとあった。初め教育家 G.ダウマーに引取られたが,29年 10月何者かに襲われて負傷。次いでアンスバハに移り控訴裁判所長官 A.フォイエルバハのもとで書記となったが,2度目の負傷をして死亡。当時新聞雑誌に取りざたされ,バーデン公カルル・ルートウィヒの子で,バーデンの相続者なのを,公の未亡人が自分の産んだ子に跡を継がせようとして抹殺しようとしたのだとされた。その奇怪な経緯が文学的空想を刺激し P.ベルレーヌの"Sagesse"の詩 (1881) ,J.ワッサーマンらの小説,E.エーベルマイアー,P.ハントケの戯曲など多くの作品を生んだ。
ハウザー
Hauser, Arnold
[没]1978.1.28. ブダペスト
ハンガリー生れのイギリスの芸術社会学者,芸術史学者。 1951~57年リーズ大学教授,52~65年アメリカの諸大学客員教授。 E.トレルチ,G.ルカーチ,K.マンハイムらの影響を受け,諸芸術の歴史を社会学史の観点から考察した。主著『美術と文芸における社会史』 Sozialgeschichte der Kunst und Literatur (1951) ,『芸術史の哲学』 Philosophie der Kunstgeschichte (58) ,『マニエリスム』 Der Manierismus. Die Krise der Renaissance und der Ursprung der modernen Kunst (64) 。
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