ハントケ(読み)はんとけ(その他表記)Peter Handke

デジタル大辞泉 「ハントケ」の意味・読み・例文・類語

ハントケ(Peter Handke)

[1942~ ]オーストリア劇作家小説家観客罵声を浴びせる挑発的で反劇場的な戯曲観客罵倒」で注目を集め、詩・戯曲・映画脚本など多方面の作品を発表した。のち小説に転じ、「ペナルティキックを受けるゴールキーパーの不安」「ゆるやかな帰郷」などの著作がある。2019年、ノーベル文学賞受賞。

出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例

日本大百科全書(ニッポニカ) 「ハントケ」の意味・わかりやすい解説

ハントケ
はんとけ
Peter Handke
(1942― )

オーストリアの詩人、劇作家、小説家。ケルンテン州のグリッフェン生まれ。グラーツ大学在学中に「グラーツ・グループ」に参加、あらゆるジャンルにわたって言語実験を試み、『観客罵倒(ばとう)』(1966)など一連の「純粋言語劇」によって、ドイツの劇壇を席巻(せっけん)した。成人までことばを知らずに成長したカスパルをパターンに還元して、言語の習得とともに体制社会に組み込まれる過程を解明する戯曲『カスパル』(1968)が初期の代表作。社会的慣習や日常の言語という薄氷の上で繰り広げられる不安定な人間関係が露呈する『ボーデン湖上騎行』(1971)を経て、本格的な舞台劇『非理性的な人間は死滅する』(1973)を最後に散文の世界に移行する。殺人犯の逃避行を通じて自我崩壊の過程を克明に言語化する『不安 ペナルティキックを受けるゴールキーパーの……』(1970)を原点に、離婚問題を契機にして閉塞状況から脱却するために自己定位を求める遍歴を描く『長い別れを告げる短い手紙』(1972)、自殺した母親の精神崩壊の軌跡をたどる『望みなき不幸』(1972)の2作によって作風転機をめざした。さらに、1970年代のヒステリー的精神状況を映像化する意欲に燃えて、シナリオ『偽りの運動』(ビム・ベンダースにより『まわり道』のタイトルで1975年映画化、同年刊)、自ら映画化した中編『左ききの女』(1976)によって、意思の疎通すらおぼつかない不毛な人間関係の孤独な世界を描出した。

 1980年代になると、主体への回帰の傾向が顕著になり、自我と自然との一体化を求めて遍歴する作者の心象風景を描く『ゆるやかな帰郷』四部作(1979~81)は、掉尾(とうび)を飾る祝祭劇『村々を越えて』(1981)で自然と愛の力による人類救済の可能性を示唆している。1982年ザルツブルク音楽祭の企画に協力して、『村々を越えて』の初演を転機に劇作活動を再開し、『問答の劇』(1989)、『お互いに何ひとつ関知しなかったひととき』(1992)、『不死のための準備』(1997)が、クラウス・パイマンClaus Peymann(1937― )の演出によりウィーンで初演された。散文の世界では、長編『苦痛の中国人』(1983)、『反復』(1986)、時空を超える探検旅行のメルヒェン『不在』(1987)のほかに、1975~77年の日誌『世界の重量』(1977)、『鉛筆の物語』(1982)、『反復の幻想』(1983)を経て、物語の成立をめぐるロマン・エッセイともいうべき『疲労をめぐる試論』(1989)など『試論』シリーズ、同じ系列の1000ページを超す大作『無人の入り江ですごした私の1年――新しい時代のメルヒェン』(1994)、ベンダース監督に委嘱されたシナリオ『ベルリン・天使の詩(うた)』(1987)など、多彩な執筆活動を続けている。『セルビア冬の旅』(1996)や1982~87年の日誌『朝に岩の窓辺で』(1998)は文学者による時代の証言。

[丸山 匠]

『大島勉訳『現代世界演劇17巻 観客罵倒』(1972・白水社)』『羽白幸雄訳『不安 ペナルティキックを受けるゴールキーパーの……』(1979・三修社)』『龍田八百訳『カスパー』(1984・劇書房)』『種村季弘編、飯吉光夫・丸山匠ほか訳『ドイツ幻想小説傑作集』(1985・白水社)』『池田香代子訳『左ききの女(新しいドイツの文学シリーズ4)』(1989・同学社)』『阿部卓也訳『反復』(1995・同学社)』『平子義雄著『言葉をめぐり物語をめぐる――ペーター・ハントケの世界』(1998・鳥影社)』『元吉瑞枝訳『空爆下のユーゴスラビアで――涙の下から問いかける(新しいドイツの文学シリーズ11)』(2001・同学社)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ハントケ」の意味・わかりやすい解説

ハントケ
Handke, Peter

[生]1942.12.6. グリッフェン
ペーター・ハントケ。オーストリアの劇作家,小説家,詩人,エッセイスト。20世紀後半における最も前衛的かつ独創的なドイツ語作家の一人で,2019年に「人間の経験の周縁と特異性を,着想豊かな言語によって探求した,影響力の大きな仕事」が評価され,ノーベル文学賞(→ノーベル賞)を受賞した。
ことばやことばによって経験され反映される現実がテーマで,従来の演劇観を覆す大胆な前衛劇『観客罵倒』Publikumsbeschimpfung(1966),『カスパル』Kaspar(1968)は全ヨーロッパの話題となった。1988年には大オーストリア国家賞を受賞。ほかに『すずめ蜂』Die Hornissen(1966),『ペナルティ・キックを受けるゴールキーパーの不安』Die Angst des Tormanns beim Elfmeter(1970),『左ききの女』Die linkshändige Frau(1976)などの小説や,メルヘン『不在』Die Abwesenheit(1987)がある。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

百科事典マイペディア 「ハントケ」の意味・わかりやすい解説

ハントケ

オーストリアの小説家,劇作家。1966年小説《蜂雀》と戯曲《観客罵倒》でデビュー。同じ年に〈47年グループ〉の集会で作家たちに罵倒を浴びせかけたのは有名。実験的手法の前衛作家として出発したが,1970年代以降《長い別れに寄せる短い手紙》(1972年)などで個人の内面を重視した,教養小説のパロディ的展開を見せ,ドイツ語圏作家として不動の地位を築いた。《左ききの女》(1976年)では大都市近郊に住む女性の孤独を描く一方で,《反復》(1986年)などの自伝的小説も多く書いた。W.ベンダース監督《ベルリン,天使の詩》(1987年)の台本執筆など映画関係の仕事もある。1996年出版の《セルビア紀行》が,親セルビア的としてジャーナリズムの批判を受けた。

出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報

今日のキーワード

ビャンビャン麺

小麦粉を練って作った生地を、幅3センチ程度に平たくのばし、切らずに長いままゆでた麺。形はきしめんに似る。中国陝西せんせい省の料理。多く、唐辛子などの香辛料が入ったたれと、熱した香味油をからめて食べる。...

ビャンビャン麺の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android