イスラム教におけるズール・ヒッジャ月(イスラム暦第12月)のメッカの「神の館」(カーバ神殿)とその近郊アラファート、ミナーの谷への巡礼をいう。五柱(イスラム教徒の五つの主要義務)の一つで、資力や能力のあるムスリムが一生に一度は果たすべき義務である。これは、コーランの2章196節に基づく。イスラム教以前のアラブの宗教儀礼であったものがイスラム的に意味づけられて受容された。巡礼者は白い巡礼服(イフラーム)に着替えてメッカに入り、カーバ神殿の周りを七度回る。そのあと、ズール・ヒッジャ月8日から10日まで、伝統的に規定された日程と様式に従って儀礼が続く。9日にアラファートでラフマ山(慈悲の山)を前にして立つことはハッジの中心的儀礼の一つである。10日にはミナーの谷で石投げをし、イードル・アドハー(犠牲祭)を行う。通常は、このあと3日間はここにとどまり、世界各地からの巡礼者同士の交歓などが行われる。この「ハッジ」とは別の私的なカーバ神殿の参詣(さんけい)は、「ウムラ」‘Umrahとよんで区別する。ハッジは、毎日の礼拝で向かうメッカの地に立ち、唯一神への自己の信仰を確かめるとともに、民族や国家の別を超えたムスリムの同胞意識、ウンマ(イスラム共同体)の一員であるとの自覚を高める。ハッジが、地理的に拡散するイスラム世界、ウンマの統一に寄与した意義は大きい。
[小田淑子]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
(高橋和夫 放送大学助教授 / 2007年)
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