改訂新版 世界大百科事典 「ハートリー近似」の意味・わかりやすい解説
ハートリー近似 (ハートリーきんじ)
Hartree approximation
原子内の多電子の状態を量子力学的に解くために,1928年,ハートリーDouglas Rayner Hartree(1897-1958)が考案した近似法。電子は原子核からクーロン力を受けるだけでなく,原子内を動き回る他の電子からも力を受けるので,全系の運動は非常に複雑であり,これを解くことは数学的困難を伴う。そこで多電子の波動関数を一電子波動関数の単純な積で近似すると,各電子の感ずるポテンシャルは,他の電子が刻々及ぼすポテンシャルを時間平均したものとなり,問題は一電子問題に簡単化される。しかし平均をとる他の電子の状態も実は同様な一電子問題の解であるから,全電子の運動が首尾一貫するように逐次計算を繰り返す必要がある。以上がハートリー近似であるが,この近似には原理的欠陥がある。すなわちハートリーの多電子波動関数は,パウリの原理で要請される反対称性を満たさない。また,一電子軌道が一般に直交しないので電子のつまり方が明確に定められない。この困難は,一歩進んだハートリー=フォック近似(1930)によって除かれる。この方法では,一電子関数の積において電子をあらゆる方法で入れかえたものの線形結合をつくり,パウリの原理を満たさせ,一電子軌道を直交させる。この結果,電子の間には平均的運動から生ずるクーロン相互作用のほかに,電子の入れかえに起因する交換相互作用が現れる。後者は古典論に類似をもたない量子力学特有の力を生じ,強磁性の原因となる。ハートリー=フォック近似の計算はハートリー近似よりはるかに複雑であるが,より精確な結果が得られる。ハートリー近似およびハートリー=フォック近似は多体問題の代表的計算法であり,原子に限らずイオン,分子,固体について,また電子の代わりに核子を考えれば原子核についても適用でき,1930年代以後今日に至るまで非常に多数の系について数値計算が行われている。とくに近年は大型コンピューターの利用によって詳細確実な結果が得られるようになった。
執筆者:鈴木 勝久
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報