フィードラー(読み)ふぃーどらー(英語表記)Leslie Aaron Fiedler

日本大百科全書(ニッポニカ) 「フィードラー」の意味・わかりやすい解説

フィードラー(Leslie Aaron Fiedler)
ふぃーどらー
Leslie Aaron Fiedler
(1917―2003)

アメリカの文芸・文化批評家。主著『アメリカ小説における愛と死』(1960)で、アメリカ小説に繰り返し現れる神話的パターンを、社会を支える成熟した男女の愛に背を向けた少年期的同性愛という形で掘り起こし、批評界に衝撃的デビューを果たした。作品そのものを突き抜けて、作品を生み出す文化の原型をとらえようとする彼の「文学人類学」的方法は、『終りを待ちながら』(1964)、『消えゆくアメリカ人の帰還』(1968)などの論考に一貫するもので、その広域に及ぶ関心と大胆な論調は、以降の世代の文芸批評のスタイルに決定的影響を与えたといわれる。ゴシック小説SFメロドラマ、漫画、見せ物など、大衆的想像力に直結したジャンルとのかかわりは、『フリークス』(1978)など後年の著作でますます顕著である。ほかに自伝的反体制宣言『逮捕されて』(1969)があり、小説をはじめとする創作活動も旺盛(おうせい)だった。

[佐藤良明]

『佐伯彰一他訳『アメリカ小説における愛と死』(1989・新潮社)』『井上謙治・徳永暢三訳『終りを待ちながら』(1989・新潮社)』『渥美昭夫・酒本雅之訳『消えゆくアメリカ人の帰還』(1972・新潮社)』『伊藤俊治・大場正明訳『フリークス』新版(1999・青土社)』


フィードラー(Arthur Fiedler)
ふぃーどらー
Arthur Fiedler
(1894―1979)

アメリカの指揮者ボストン交響楽団員だった父にバイオリンを学び、ついでベルリン留学。1915年ボストン交響楽団に入団。24年ボストン・シンフォニエッタを組織、指揮活動を始める。30年ボストン・ポップス管弦楽団の常任指揮者となり、死去するまでそのポストにあって、オーケストラの楽しみを大衆に啓蒙(けいもう)するのに大きな役割を果たした。61年(昭和36)初来日。

[岩井宏之]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「フィードラー」の意味・わかりやすい解説

フィードラー
Fiedler, Leslie Aaron

[生]1917.3.8. ニュージャージーニューアーク
[没]2003.1.29.
アメリカの批評家,小説家。ウィスコンシン大学大学院卒業。 1965年からニューヨーク州立大学教授。著作には,深層心理学文化人類学を援用し,いままで問題にされたことのない通俗文学にまで目を配った「文学的人類学」の評論3部作『アメリカ小説における愛と死』 Love and Death in the American Novel (1960,改訂版 1966) ,『終りを待ちつつ』 Waiting for the End (1964) ,『消えゆくアメリカ人の帰還』 The Return of the Vanishing American (1968) ,『文学とは何であったか』 What Was Literature? (1982) をはじめ,『奇形の者』 Freaks: Myths and Images of the Secret Self (1978) ,マリファナ所持の容疑で逮捕されたときの体験に基づく『破滅』 Being Busted (1970) のほか,『二人目のストーン氏』 The Second Stone (1963) などの小説,短編集がある。

フィードラー
Fiedler, Konrad Adolf

[生]1841.9.23. エーデラン
[没]1895.6.3. ミュンヘン
ドイツの芸術学者。法律を学び弁護士となったが,イタリア,ギリシア,エジプトなど各地を旅行し,1866年にはローマで H.マレースを知り,72年より A.ヒルデブラントを加えてフィレンツェ郊外の修道院で共同生活をおくった。 76年にはベルリンに戻り,のちミュンヘンに移った。ヘーゲリズムにおける芸術史の解釈,あるいはフランス風の社会学的芸術史観に対して,「純粋視覚の発展」を説いた。主著『芸術的活動の起源について』 Über den Ursprung der Künstlerischen Tätigkeit (1887) 。

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改訂新版 世界大百科事典 「フィードラー」の意味・わかりやすい解説

フィードラー
Konrad Fiedler
生没年:1841-95

芸術学の始祖と目されるドイツの学者。弁護士として立つが,のち長期のイタリア滞在(1866-76)をふくめ各地の美術遺跡を遊歴,当代の画家,彫刻家との親交も深めた。カントの影響下に,美術活動は,思考や感情とは別個に,純粋に〈見る〉という直観による世界の構成にあると主張した。この洞察のもとで芸術の自律性は本質的に強化され,彼の業績は以後ことに美術史における後続の研究者たちに多大な影響を及ぼした。主著は《芸術活動の根源について》(1887)。
執筆者:


フィードラー
Arthur Fiedler
生没年:1894-1979

アメリカの指揮者。ベルリン高等音楽学校でバイオリンを学ぶ。1915年ボストン交響楽団の団員となり,24年同楽団員からなるボストン・シンフォニエッタを組織,指揮者を務めた。30年,ボストン交響楽団が行うプロムナード・コンサートの団体であるボストン・ポップス管弦楽団の指揮者に就任。同楽団を率いて親しみやすいクラシック名曲演奏により多くの聴衆を魅了し,ポピュラー・ソングの編曲や名曲のメドレーなども取り入れた。61年と72年に来日した。
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百科事典マイペディア 「フィードラー」の意味・わかりやすい解説

フィードラー

ドイツの芸術哲学者。エーデラン生れ。イタリア滞留中に,マレースヒルデブラントと交友。美的経験を扱う純美学に対して,芸術学の独自性を主張し,芸術作品の内的本質を説いた。近代芸術学の先駆と目される。著書に《芸術活動の根源について》(1887年),《芸術論集》(H.コンネルト編,1913年―1914年)などがある。

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世界大百科事典(旧版)内のフィードラーの言及

【芸術学】より

…他方デソアールMax Dessoir(1867‐1947)は美と芸術とは双方の範囲が合致せぬことを重視し,美学と並ぶ〈一般芸術学allgemeine Kunstwissenschaft〉を主張,個々の芸術にはそれぞれ体系的特殊芸術学が成立するが,これら諸学の前提,方法,目的を吟味して重要な成果を総括し比較することを一般芸術学の課題とした。これをうけてウーティッツEwil Utitz(1883‐1956)は,始祖をK.フィードラーと仰いでデソアールにつぐ自分の位置を見定め,一般芸術学の建設に尽くしたが,根本的課題は芸術の本質の認識にあるとして,はやくも哲学への傾斜を強めた。特殊芸術学は芸術に関する原理的問題を解明せずともある程度進むが,究極の足場を問われて一般芸術学に頼るとき,これは芸術に関する原理の学としてみずから哲学であることを要請され,芸術哲学となるからである。…

※「フィードラー」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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