プンタデルエステ憲章(読み)プンタデルエステけんしょう(その他表記)Charter of Punta del Este

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「プンタデルエステ憲章」の意味・わかりやすい解説

プンタデルエステ憲章
プンタデルエステけんしょう
Charter of Punta del Este

1961年3月 13日アメリカ合衆国の J.ケネディ大統領が提唱した「進歩のための同盟」計画を発足させた憲章。同年8月 17日ウルグアイのプンタデルエステで開かれた米州外相会議において,キューバを除くラテンアメリカ 19ヵ国およびアメリカ合衆国によって調印された。 (1) 民主的制度の改善,強化,(2) 経済社会開発の促進,(3) 都市,農民の住宅計画の推進,(4) 土地改革の遂行,(5) 識字教育の徹底,(6) 保健衛生計画の遂行,(7) 全労働者に対する公正な賃金および十分な労働条件の保障,(8) 税制改革の実施,(9) インフレ阻止の財政,金融政策の採用,(10) 民間企業の奨励,(11) ラテンアメリカの輸出市場の安定,(12) 経済統合の促進などが骨子となっている。

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百科事典マイペディア 「プンタデルエステ憲章」の意味・わかりやすい解説

プンタ・デル・エステ憲章【プンタデルエステけんしょう】

〈進歩のための同盟〉計画を具体化した憲章。ウルグアイのプンタ・デル・エステPunta del Esteで1961年に開かれた米州機構経済社会理事会で採択。経済開発と社会改良により,中南米諸国における第2のキューバ革命勃発(ぼっぱつ)の危機回避をねらった。

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