アメリカ合衆国とラテン・アメリカの諸国が加盟している地域的協力機構で,1948年に米州諸国間で調印された米州機構憲章に基づいて設置されたものである。略称OAS。第2次大戦中にアメリカ合衆国とラテン・アメリカ諸国は,政治,経済,軍事の面で緊密な協力体制をつくり出したが,戦後その体制を恒常的な制度とするために48年コロンビアのボゴタで開催された第9回米州諸国会議で,そのことを定めた上記憲章が調印された(1951年に発効)。
米州機構の主要な運営機関としては,年1回開催される総会,緊急の問題を討議するための外相協議会議,常設理事会,総合開発理事会があり,任期5年の事務総長を長とする事務局がワシントンに置かれている。米州機構は国連憲章の規定に添って設置された地域機構であり,その目標として,アメリカ大陸の平和と安全保障,外部からの侵略に対する共同行動,社会的・経済的・文化的発展のための協力を掲げ,いかなる形にせよ加盟国間での干渉を固く禁じている。米州機構は発足後,50~60年代を通じてアメリカ合衆国の主導のもとで,この地域の革命運動や社会主義政権を封じ込めることにその活動の重点を置いた。例えば,グアテマラのアルベンス・グスマン政権を対象とした1954年の第10回米州諸国会議での〈反共決議〉,62年の第8回外相協議会議での米州機構からのキューバ除名決議,64年の第9回外相協議会議での対キューバ外交・貿易関係断絶の決議,65年のドミニカ共和国での革命に際しての米州平和軍の派遣などである。しかしその一方で,60年代にはラテン・アメリカ諸国の経済発展や社会改革も重視するようになり,67年には〈ブエノス・アイレス議定書〉に調印して憲章を修正し(1970年に発効),社会経済発展条項を拡充させた。加盟国は当初アメリカ合衆国とラテン・アメリカ20ヵ国であったが,60年代以降カリブ海地域で独立した旧イギリス領や旧オランダ領の国々も加盟し,その数は2005年現在35ヵ国となっている。
執筆者:加茂 雄三
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南北アメリカ大陸地域の諸問題解決に対して中心的役割を果たす国際機関。略称OAS。本機構は、米州国際会議(汎(はん)アメリカ会議)が19世紀末以降積み重ねてきた努力の成果として形成された「地域的・総合的な国際組織」である。米州会議は、チャプルテペック協定(1945)や全米相互援助条約(1947)を採択したが、1948年4月30日、ボゴタの第9回会議で米州機構憲章Charter of the Organization of American States(ボゴタ憲章)を採択した(1951年12月13日発効)。米州機構憲章を中核に、これと同時に採択された平和的解決に関する米州条約American Treaty of Pacific Settlement(憲章と同時に発効)と前記の全米相互援助条約は、三位一体(さんみいったい)となって地域的平和機構を構成する。米州機構は、国際の平和および安全の維持を主要な目的とするものであるが、また同時に、経済的・社会的・文化的な国際協力を任務とする専門的国際組織としても機能する。1967年以後、数回にわたって機構の改革を行い、中心機関として、総会、外務大臣協議会、常設理事会、統合開発理事会、米州法律委員会、米州人権委員会、米州人権裁判所、事務総局、専門会議、および専門機関を設置する。1950年代、合衆国主導の反共主義・干渉主義に彩られていた米州機構も、1960年代にかけて、中南米諸国の民族主義の高揚をみせ、1970年代にかけては、経済的・社会的・文化的協力の推進とともに、米州機構のラテンアメリカ化といった現象を顕著にしている。
2010年時点で加盟国はアメリカ、カナダと中南米33か国の計35か国。キューバは1962年の対キューバ制裁決議により排除されているが、形式的には加盟国となっている。本部はワシントン。近年では、域内の民主化の確立、維持に力を入れていて、加盟各国に対する選挙監視活動や、民主主義に脅威をもたらす貧困への対策などを行っている。
[森脇庸太]
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(伊藤千尋 朝日新聞記者 / 2007年)
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1948年ボゴタ(コロンビア)の第9回米州会議(ボゴタ会議)の合意にもとづいて設立された米州諸国の地域機構。事務局はワシントン,加盟国は35カ国(2003年現在)。西半球の平和と安全,加盟国の相互理解,政治・経済・文化面での協力をめざす機構であるが,冷戦時代はアメリカ主導のもと,西半球の左翼革命運動や社会主義政権(グアテマラ,キューバ,ドミニカ共和国)の封じ込めに活動の重点があった。冷戦終焉後は人権,民主化,経済発展が主要な課題になっている。
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…また第2次大戦では米州諸国家を,汎米戦線のもとに糾合し戦争遂行に協力させる。その後同政策は,チャプルテペク条約,リオ条約を経て,48年ボゴタ会議での米州機構(OAS)結成につながり,西半球諸国の集団安全保障体制づくりに収束されていった。しかし善隣政策は,のちのケネディによる破綻した〈進歩のための同盟〉政策に見られるように,あくまでアメリカの利益を基調とし,新植民地主義的な対米従属関係を覆い隠す本質を併せもっていた。…
…第2次大戦から戦後にかけて,アメリカは西半球防衛のためのラテン・アメリカ諸国との協力体制の形成に努め,米州外の国からの米州諸国に対する脅威に共同で対処することを提唱した。48年の米州機構は,大戦中からの協力関係を機構化したものである。こうした協力体制は,モンロー主義を汎米化したものといわれた。…
※「米州機構」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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