ヘモグロビン異常症

内科学 第10版 「ヘモグロビン異常症」の解説

ヘモグロビン異常症(先天性溶血性貧血)

(3)ヘモグロビン異常症
a.鎌状赤血球貧血(sickle cell anemia,Hb S症)
概念
 β鎖のN末端から6番目のGlu(GAG)がVal(GTG)に代わった異常Hb(Hb S)の産生による常染色体劣性遺伝性疾患である.Hb Sは赤血球内,特に酸素分圧の低い状態では溶解度が低下することによりゲル化(tactoid)し,赤血球は鎌状化(sickling)する.その結果,ホモ接合homozygote:Hb SS)では慢性溶血貧血と全身の血流障害をきたす.
 頻度はアフリカの熱帯地方で最も高い.これはHb S遺伝子のヘテロ接合heterozygote:Hb AS)はマラリアに対して正常人より抵抗性が強いことによる.
臨床症状
 貧血と血管閉塞(vaso-occlusion)の所見よりなる.血管閉塞性発作をきたすと閉塞部位の疼痛発作を招き,手や足の疼痛,胸痛,虫垂炎を思わせる腹痛,腰痛,骨関節痛などが認められる.多くの場合感染が死因となる.パルボウイルス感染による骨髄の低形成発作(aplastic crisis)は重篤な合併症である.
検査成績
 中等度貧血,特徴的な鎌状赤血球,標的赤血球の出現に加えて,溶血性貧血の一般的所見(網赤血球増加,間接ビリルビン増加など)がみられる.
診断
 還元剤による赤血球形態の変化をみる鎌状化試験や,溶血液に還元剤を加えHb Sの沈殿をみる溶解度試験などによる.
治療
 血管閉塞性発作は感染,発熱,腹水,アシドーシス,低酸素状態および寒冷により誘発されるので,これらができるかぎり起こらないようにして発作を防止することが第一である.
b.不安定ヘモグロビン症(unstable hemoglobin disease:UHD
概念
 Hb分子ヘム辺縁との接触部やサブユニット間の接触部位での異常により,Hbが赤血球内で変性,沈殿し,赤血球崩壊の亢進をきたすものをいう.
 不安定Hb症は常染色体優性遺伝で,慢性溶血や薬剤惹起性溶血をきたすのはヘテロ接合である点が重要である.ホモ接合は致死的と考えられる.
臨床症状
 軽症例からHb Indianapolisのような重症例までさまざまであるが,感染や薬剤服用後の溶血発作で発見される.臨床症状は黄疸,貧血,脾腫と一般の慢性溶血症状を呈し,しばしばジピロール(dipyrrole)由来の黒褐色尿がみられる.
診断
 Heinz小体生成試験,熱変性試験ないしイソプロパノール試験などによりなされる.
治療
 高度の貧血や溶血発作時は輸血を行うが,溶血発作を誘発する感染やサルファ剤解熱薬,マラリア治療薬などの酸化的薬剤の投与を避けることが重要である.
c.サラセミア(thalassemia)
概念
 サラセミアは重症の遺伝性溶血性貧血で小球性低色素性貧血,無効造血,肝脾腫,皮膚の色素沈着と特有の骨変化を合併する.本症の病因は遺伝子DNAからグロビン鎖合成までの過程での何らかの異常により,特定のグロビン鎖の合成が選択的に抑制され,α鎖と非α鎖産生にアンバランスが生じた状態である.α鎖の産生が抑制されたαサラセミアと,β鎖の産生が抑制されたβサラセミアが頻度が高く,臨床的にも重要である.
疫学
 αサラセミアは東南アジア,アフリカ西海岸出身者,βサラセミアはイタリア,ギリシャで頻度が高い.
病因・臨床症状・診断
 サラセミアのホモ接合は臨床的には重症で,小球性低色素性貧血,黄疸,肝脾腫,骨変化(サラセミア顔貌),下腿潰瘍,精神・身体発育障害などを呈する.ヘテロ接合はほとんど症状を呈さない軽症型から,中間型の所見を呈するものまでさまざまである.
 貧血は小球性低色素性で,奇形赤血球,特に多数の標的赤血球(target cell)がみられる.血清鉄は正常ないし増加し,赤血球浸透圧抵抗は一般に増大する.確定診断は,網赤血球でのグロビン鎖の合成比の測定,さらには遺伝子解析によりなされる.
1)αサラセミア:
αサラセミアの大部分はαグロビン遺伝子群中の種々の範囲の遺伝子欠失によるが,遺伝子非欠失型の例もある.欠失型αサラセミアは,正常の2対立遺伝子(αα/)のうち1座位が欠失したαサラセミア(α-/または-α/)と,2座位とも欠失したα0サラセミア(--/)に分けられる.①胎児水腫(hydrops fetalis):α0サラセミアのホモ接合で,2組の対立遺伝子すべての欠失(Hb Bart’s).Hb Bart’sは非常に酸素親和性が高く,重症の低酸素症をきたし,死産ないし生後1時間以内に死亡する.②ヘモグロビンH病:αサラセミアとα0サラセミアの複合ヘテロ接合で,4座位のうち3座位のα鎖遺伝子の欠失(Hb H).生後1年以内に貧血,脾腫を呈するようになるが,その程度は一般に中等度で頻回の輸血を要することはない.新生児期には20~40%のHb Bart’s,1歳以後は5~40%のHb Hがみられる.Hb Hは不安定で,末梢赤血球中にβ4の封入体(Heinz小体)が検出される.③αサラセミア軽症型(α-thalassemia minor):α0サラセミアのヘテロ接合ないしαサラセミアの複合ヘテロ接合で,2座位の欠失.臨床的には正常ないし軽度の貧血を呈するのみであるが,赤血球形態は異常で,小球性低色素性,軽度の大小不同,奇形赤血球がみられる.④αサラセミア無症候群:αサラセミアのヘテロ接合で,1座位の欠失.臨床的にも血液学的にもなんら異常はみられない(silent carrier).遺伝子形式より推測できるが,正確な判断は遺伝子解析による.
2)βサラセミア:
βサラセミアは種々の塩基置換,小範囲の塩基欠失,塩基挿入などが大部分であるが,遺伝子欠失による例もある.①βサラセミア重症型:Cooley貧血としてよく知られたホモ接合型βサラセミアで,貧血症状は生後数カ月頃から顕著になり,以後進行的に増強する.発熱,下痢などの消化器症状,皮膚色素沈着,肝脾腫,成長障害,高度の無効造血,溶血性貧血が著明になる.大部分の例は成人に達するまでに,主として感染症にて死亡する.Hb A(α2 β2)は欠如ないし著しく減少し,Hb F(α2 γ2)は増加する.②βサラセミア中間型:ホモ接合,複合ヘテロ接合,まれにヘテロ接合の症例で,中等度以上の貧血を呈するものをいう.重症型と同様に,骨髄増殖性変化による骨変形と病的骨折,脾機能亢進,鉄過剰症および感染症などを合併しやすい.③βサラセミア軽症型:ヘテロ接合の症例で,ほかの身体症状が比較的軽く,軽度あるいは中等度の低色素性貧血が唯一の症状であることが多い.
治療
 サラセミアの分子異常に即した治療法は,まだ確立されていない.一般に慢性溶血性貧血では,赤血球産生亢進に伴い葉酸の需要が高まるので,葉酸の少量投与(0.15~0.3 mg/日)は理にかなっている.サラセミア-ホモ接合の重症例では輸血,摘脾,鉄キレート剤による治療が中心となるが,最近では骨髄移植による治療も行われている.[藤井寿一]

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

六訂版 家庭医学大全科 「ヘモグロビン異常症」の解説

ヘモグロビン異常症
ヘモグロビンいじょうしょう
Hemoglobinopathy
(子どもの病気)

 赤血球に含まれるヘモグロビンは、α(アルファ)鎖グロビンとβ(ベータ)鎖グロビンの各2本がヘム(鉄を含んだ色素)と結合した構造をしています。ヘモグロビン異常症は、グロビン鎖の構造異常によるもの(異常ヘモグロビン症)とα鎖β鎖のいずれかの合成障害によるもの(サラセミア)とに大別されます。ここでは日本人で問題になる異常ヘモグロビン症のひとつである不安定ヘモグロビン症(ハインツ小体貧血)を取りあげます。

どんな病気か

 不安定ヘモグロビン症では、グロビン鎖の異常により構造が不安定なヘモグロビンが形成されます。この不安定ヘモグロビンは赤血球内で自動的に酸化されやすくなる傾向(自酸化傾向)が強く、ヘムを脱落・崩壊して尿中へと排出されます。一部は赤血球内で変性・沈殿してハインツ小体を形成し、活性酸素を生じて赤血球膜に障害を与え、溶血(ようけつ)(赤血球の破壊)を起こします。

症状の現れ方

 多くの場合では小児期に脾腫(ひしゅ)を伴う慢性的な溶血性貧血として発症します。溶血は赤血球の酸化を促す薬剤や感染症によって悪化します。とくにパルボウイルスB19の初感染(伝染性紅斑リンゴ病)に際し、本症のような溶血性貧血の患児では一過性無形成発作と呼ばれる急激な貧血・黄疸(おうだん)の進行が認められることがあり、注意が必要です。

検査と診断

 貧血、(もう)赤血球の増加、間接ビリルビンの上昇、血清ハプトグロビンの低下などの溶血性貧血の所見が認められます。等電点電気泳動や逆相HPLC法で異常なヘモグロビンであることを証明します。イソプロパノール沈殿生成試験などで、不安定ヘモグロビンかどうかが判定できます。

治療の方法

 溶血発作は感染症とそれに伴う発熱、薬剤が原因となるので、軽い感染症でも注意深く観察することが必要で、非酸化的薬剤で早期に解熱を図ります。輸血をしばしば必要とする場合は、鉄過剰症(てつかじょうしょう)への注意が必要です。

高橋 良博, 伊藤 悦朗

出典 法研「六訂版 家庭医学大全科」六訂版 家庭医学大全科について 情報

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