出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報
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マトゥラー
Mathura
インド北部の古都でヒンドゥー教の聖地
ウッタル−プラデーシュ州マトゥラー県の県都。デリー南方,アグラ北西に位置し,ヤムナー川に面した東西通商路の要衝で,古来から商業都市として繁栄。マウルヤ朝以降,仏教・ジャイナ教の拠点,クシャーナ朝時代にはガンダーラ仏とは異なる純インド風の仏像製作が行われた。その後,ヒンドゥー教が優勢になると,この地方で信仰されていたクリシュナ神が最高神ヴィシュヌの化身として崇められるようになり,一大聖地となった。
出典 旺文社世界史事典 三訂版旺文社世界史事典 三訂版について 情報
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世界大百科事典(旧版)内のマトゥラーの言及
【石仏】より
…石は彫刻用材として最も普遍的なものの一つであり,インド以来仏教の伝播にしたがって各地で盛んに製作された。
[インド]
紀元前2~前1世紀ころからヤクシー,ヤクシャの丸彫石像やストゥーパの石製欄楯の浮彫などが作られていたが,クシャーナ朝の2世紀ころにガンダーラとマトゥラーで仏像の造顕が始まり,石仏の製作が始まった。前者では青灰色の片岩がおもに用いられ,独尊像や仏伝図の浮彫などが作られ,遺品も多く現存する([ガンダーラ美術])。…
【造像記】より
…これらは紀元前2世紀の作品である。また,マトゥラー出土の2世紀ころの仏像や菩薩像の台座などにも,尊名のほかに同趣の刻銘がある。近年マトゥラーで発見された阿弥陀仏の台座は,クシャーナ暦28年(前156年に比定される)雨期第2月の第26日にこれを造像したこと,またその寄進者名も記している。…
【仏像】より
…また釈迦の事跡を描いた[仏伝図]では,菩提樹,台座,足跡,法輪その他で仏陀の存在を示唆するという不便な方法をとり,主役の仏陀を表現することはまったくなかった。この伝統を破ってはじめて仏陀の姿を表現したのは,紀元後100年ころにガンダーラ地方において,次いでマトゥラーにおいてであった。古くから守護神像を製作していたのであるから技術的に仏像を表現できなかったのではなく,なんらかの理由で製作するのを避けていたに相違ない。…
【マトゥラー美術】より
…インド北部,ニューデリーの南南東約140km,ヤムナー川右岸にある古都マトゥラーMathurāを中心として,古代,ことにクシャーナ朝時代とグプタ朝時代に最も隆盛であった石彫主体の美術で,インドで最も重要な流派の一つ。石材はごくわずかな例外を除いてすべて近郊のシークリーSīkrī産の黄白班のある赤色砂岩を用い,この独特の石質ゆえにマトゥラー作品であるか否かを容易に判定しうる。…
※「マトゥラー」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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