内科学 第10版 「高血圧患者のみかた」の解説
高血圧患者のみかた(血圧の異常)
血圧は心臓が動脈を通して全身に血液を送り出す圧力で,左室が収縮して最も高くなった動脈内圧が収縮期血圧(SBP),逆に心臓が拡張して最も低くなった動脈内圧が拡張期血圧(DBP)である.物理学的には,血圧は,心臓から駆出される血液の量(心拍出量)と全身の血管抵抗により規定され,血圧=心拍出量×末梢血管抵抗の式で表される.収縮期動脈圧波形の前半部分は左室収縮力と大動脈壁弾性の影響により形成される.加齢により大動脈のコンプライアンスが低下するとSBPが上昇するとともに収縮期血流が増加し,逆に拡張期にはDBPが低下し血流量が減少する.収縮期波形の後半はこれに末梢動脈分岐部から戻る反射波が重なる.動脈壁硬化により脈波伝導速度が速くなると,心臓からの収縮波と末梢からの反射波の重なりが大きくなり,SBPのピークが増大する.したがって,図6-1-1に示すように,加齢に伴いSBPは高齢に至るまで上昇していくが,DBPは50歳代を境に上昇から減少に転じる推移を示し,結果としてSBPとDBPの差である脈圧が増大する.
表6-1-1に成人における血圧値の分類を示すが,血圧が一定のレベルをこえた場合,すなわち,収縮期血圧≧140 mmHgあるいは拡張期血圧≧90 mmHgが高血圧(hypertension)である.高血圧は血圧値のレベルによりI,II,III度の重症度に分類される.高血圧は,脳卒中,心筋梗塞などの心血管疾患や心不全,腎不全などの循環器系臓器障害の主要な危険因子であり,高齢化社会が進行するわが国において健康寿命の増進を図る上で,血圧の管理は重要な問題である.140/90 mmHg未満の正常血圧であっても130〜139/85〜89 mmHgの正常高値血圧では,より低い血圧よりも心血管系のリスクが高く,リスクが最低になる至適血圧は120/80 mmHg未満である.血圧は加齢に伴って,特にSBPが上昇することから,高血圧の有病率が増加する(図6-1-2).若中年時には男性の方が女性よりも血圧値が高く高血圧の頻度も多いが,閉経後は血圧値,高血圧有病率とも男女差が小さくなっていく.
食塩摂取制限を中心とした生活習慣改善の啓発や各種の有用性の高い降圧薬の導入などにより,1970年代以降,図6-1-3に示すように国民の血圧値は各年齢層で低下傾向にあるが,男性では50歳代,女性では60歳代になると高血圧の有病率が50%をこえ,わが国では約4000万人が高血圧であると推定される.図6-1-4は,国際的に61の疫学的研究における100万人に及ぶ対象者の追跡調査成績をまとめて解析した結果であるが,いずれの年齢層においても,血圧の上昇とともに心血管疾患(脳血管障害,虚血性心疾患)のリスクが高くなり,この比例的な関係は140/90 mmHg未満の正常値領域においても延長され,疫学的には115/75 mmHgくらいまでは血圧が低値であるほどリスクが小さく,“the lower,the better”の考え方が支持される.
1)生体の血圧調整からみた高血圧
高血圧の発症・進展にはさまざまな因子が関与すると考えられているが(図6-1-5),それらの中で腎臓におけるNa排泄障害と末梢血管抵抗の増加が主要なものであり,多くの高血圧の成因はこの2大主要要因を介し血圧の上昇に寄与する.主要な降圧薬の中で,利尿薬はNa排泄を促進すること,Ca拮抗薬は直接的に抵抗血管を拡張することを作用機序とする.また,おもな昇圧系,降圧系の体液性因子を表6-1-2に示すが,血圧調節に与る神経内分泌系因子のなかでは交感神経系とレニン-アンジオテンシン-アルドステロン(RAA)系が中心的な役割を担う.
心臓,血管壁そして腎臓には交感神経の終末が多く分布しており,シナプス間隙に放出されたカテコールアミンに対する受容体は,ノルアドレナリンに強い親和性を示すα受容体とイソプロテレノールに最も高い親和性をもつβ受容体に分けられる.α受容体は,さらにその親和性の違いによりα1およびα2受容体,β受容体もβ1,β2,β3のサブタイプに分別され,それぞれのカテコールアミン受容体は,身体の各部位に分布し,さまざまな生理活性を媒介する(表6-1-3).これらの中で,血圧調節に大きな影響を与えるのは,α1受容体による血管収縮とβ1受容体による心筋収縮増強およびレニン分泌促進作用である.そして,α遮断薬はα1受容体,β遮断薬はβ1受容体をブロックすることがおもな降圧作用機序である.
一方,生体内において血圧とともに体液量の調節に与るRAA系の概要を図6-1-6に示すが,この中でアンジオテンシンⅡ(AngⅡ)が血管収縮,アルドステロン分泌刺激など著明な生理活性をもち,アルドステロンは遠位尿細管~集合管におけるNa再吸収により血圧上昇,体液量増加を促進する.AngⅡ受容体は1型および2型のサブタイプがあり,前者を介し血管収縮やアルドステロン分泌が起こる.RAA系の中でレニンによるアンジオテンシノーゲンからアンジオテンシンⅠ(AngⅠ)の産生が律速段階であり,ACEは最終的にAngⅠを AngⅡに変換する酵素である.RAA系に作用する降圧薬としては,レニン阻害薬,ACE阻害薬およびAngⅡの1型受容体を遮断するAngⅡ受容体拮抗薬(ARB),そして尿細管のミネラルコルチコイド受容体を遮断してNa利尿作用を示すアルドステロン拮抗薬などが用いられる.
末梢動脈の収縮やリモデリングによる血管抵抗の増加とともに,腎臓におけるNa排泄による体液量の増減は,血圧調節に関係する主要な因子である.血圧が上昇して腎灌流圧が上昇するとRAA系の抑制などにより尿細管Na再吸収が減少し尿Na排泄が増加する.食塩感受性高血圧では,健常者や食塩非感受性高血圧に比べ,同じ量のNa排泄の増加に対する血圧の上昇が大きい(図6-1-7).腎機能の低下によりGFRが減少したりRAA系が抑制された状態では,食塩感受性が亢進し,食塩摂取量の増加により血圧が上昇しやすく,圧利尿曲線の傾きが小さくなる.
2)外来・検診時および家庭血圧値からみた高血圧
高血圧の診療は,通常,検診や医療施設で測定された診察室血圧(医療環境下血圧)に基づいて行われるが,携帯式自動血圧計を用いた自由行動下血圧(ABPM)や患者が自己測定した家庭血圧など非医療環境下血圧は,より密接に臓器障害や心血管疾患のリスクと関連する.家庭血圧における高血圧の診断基準値は,診察室血圧よりも低く,135/85 mmHg以上である.ABPMの24時間平均値は130/80 mmHg,昼間は135/85 mmHg,夜間は120/70 mmHgが基準値とされる.診察室血圧に加え,非医療環境下血圧をモニターすることにより,次のような血圧変動の異常が認識される.
a.白衣高血圧
診察室で医療スタッフが測定すると高血圧であるが,非医療環境下血圧は正常である場合で,高血圧患者の15〜30%に相当する.臓器障害や心血管リスクに与える影響は少なく,的確に診断し不必要な降圧薬投与を避けるべきである.長期的には,非医療環境下においても高血圧への移行が多いことに注意を要する.
b.早朝高血圧
早朝起床時に血圧が上昇し,家庭血圧で135/85 mmHg以上となる状態であるが,厳密な定義はなく,覚醒前後における急激な血圧上昇や夜間高血圧からの移行など,病態も単一ではない.臓器障害や心血管疾患のリスクとなる.
c.夜間高血圧
ABPMにおいて夜間睡眠中の血圧は昼間に比べ10〜20%低下するdipperの日内変動パターンを示すが,この夜間血圧低下が0〜10%であるnon-dipperおよび逆に上昇するriserが夜間高血圧であり,臓器障害,心血管疾患のリスクが増加する.
d.仮面高血圧
診察時には正常血圧であるが,非診察時に職場や家庭におけるストレスや降圧薬の効果持続が不十分であることにより高血圧となる状況で逆白衣高血圧ともいわれる.持続性の高血圧と同様に臓器障害や心血管疾患のリスクが増加する.非医療環境下において高血圧を呈するという意味で,早朝高血圧や夜間高血圧を含め,広い意味で仮面高血圧と称されるようになっている.
3)高血圧をきたす疾患
表6-1-4に高血圧の原因となる主要な疾患,病態を示すが,高血圧患者の90〜95%は原因が明らかでない本態性高血圧であり,一部は原因となる基礎疾患や外的要因を有する二次性高血圧である.本態性高血圧症の原因は単一ではなく,血圧の上昇には図6-1-5の上段に示すようなさまざまな成因が関与する.これらの成因は遺伝的な素因と環境因子に分けられるが,いずれも,高血圧の2大要因である腎臓におけるNa排泄障害による体液量の増加,そして血管壁肥厚や血管緊張度の上昇による末梢血管抵抗の増加を介し血圧の上昇に寄与する.本態性高血圧は,通常30〜40歳代で発症し遺伝的傾向を示すが,その責任遺伝子は単一ではなく複数の遺伝子座が関与し,酵素・細胞膜機能や神経内分泌系の異常,そして腎臓を含む心血管系臓器・組織の機能・構築の変化をきたすと考えられる.高齢者における孤立性収縮期高血圧は,おもに加齢に伴う動脈壁弾性の低下が原因となっており,必ずしも遺伝的傾向は認められない.これに対し,食塩過剰摂取,運動不足,肥満,ストレスなどの後天的な環境因子は,糖尿病,脂質異常症そしてメタボリック症候群などほかの生活習慣病と共通する所が多い. 原因が明らかでない本態性高血圧に比べ,原因となる基礎疾患や外的要因を有する二次性高血圧の頻度は低いが,原因に対し外科的,内科的な治療を行うことにより,根治が可能である場合も多い.また,高血圧の原因を明らかにして効果的な降圧治療を行い,臓器障害,心血管疾患の抑制など治療成績を高め予後を向上させるために,二次性高血圧の診断を的確に行うことが重要である.
次のような場合には,何らかの二次性高血圧の可能性を考え,適切な検査を進めるべきである.①高血圧の家族歴が認められない.②若年(<30歳)あるいは高年齢(>50歳)で発症した高血圧.③高血圧の程度のわりには臓器障害(左室肥大,眼底病変,腎障害など)が高度.④急に血圧コントロールが悪化.⑤多剤併用にて治療抵抗性を示す重症高血圧.
二次性高血圧の中で最も頻度が高いのは腎実質性高血圧であり,糖尿病性腎症,慢性糸球体腎炎など多くの腎疾患が腎障害をきたすことにより高血圧の原因となる.腎臓におけるNa排泄の障害は,末梢血管抵抗の増加とともに,高血圧の主要な成因である.また,腎臓は脳や心臓とともに高血圧の標的臓器の1つでもあり,本態性高血圧においても病期が進み腎機能が障害されると,高血圧の病態に腎実質性高血圧の要素が加味されるようになる.[石光俊彦]
■文献
Lewington S, Clarke R, et al: Age-specific relevance of usual blood pressure to vascular mortality: a meta-analysis of individual data for one million adults in 61 prospective studies. Lancet, 360: 1903-1913, 2002.
日本高血圧学会高血圧治療ガイドライン作成委員会:高血圧治療ガイドライン2009(JSH2009),日本高血圧学会,ライフサイエンス出版,東京,2009.
出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報