メロダクバラダン2世(その他表記)Merodachbaladan Ⅱ

改訂新版 世界大百科事典 「メロダクバラダン2世」の意味・わかりやすい解説

メロダクバラダン[2世]
Merodachbaladan Ⅱ

バビロン王。在位,前721-前710,前703年。正しくはマルドゥク・アプラ・イッディナMarduk-apla-iddina。当時のアッシリアはメソポタミア全域に支配を及ぼすほどになっていたが,メロダクバラダンはティグラトピレセル3世(在位,前744-前727)の治世の終りころからアッシリアを悩ますカルデア人の有力首長としてアッシリア側史料に現れる。そしてシャルマネセル5世(在位,前726-前722)の死後アッシリアに王位継承をめぐる内紛が起こったのに乗じてバビロン王位に就く。エラムもちょうどこの混乱を利用して対アッシリア軍事行動を起こしており,これが幸いして彼は12年間バビロン王位を保持することができた。この間領内諸都市の神殿修築,有力神殿に対する土地の寄進などを行ったことが知られ,地方行政や商業も従前通り栄えた。彼はその後サルゴン2世(在位,前721-前705)により王位から追われるが,前703年再度9ヵ月間バビロン王に返り咲くことができた。パレスティナの小国ユダにまで使節を送ったが(《列王紀》下20:12~21ほか),その真の目的は前703年の蜂起の際ユダ王ヒゼキヤ支援を得ることにあったと思われる。
執筆者:

出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「メロダクバラダン2世」の意味・わかりやすい解説

メロダク=バラダン2世
メロダク=バラダンにせい
Merodach-Baladan II

[生]?
[没]前694頃.南エラム
バビロンの王 (在位前 721~711,前 703~702) 。バビロニア名マルドゥク=アパル=イッディナ。カルデア人の部族ビート・ヤキンの支配者であったが,前 722年サルゴン2世即位に伴うアッシリアの混乱に乗じてバビロンを奪取。2年後エラム人がアッシリア軍に打撃を与えたため,10年間にわたってアッシリアの攻撃を免れた。前 710年サルゴン2世の反撃によってバビロンを奪われ,翌年彼の本拠ドゥルヤキンも失ったが,前 705年サルゴンが没すると,ユダヤ王国のヒゼキア王などと反アッシリア同盟を結び,前 703年バビロンの王位に復帰。しかしアッシリア王センナケリブの反撃にあって戦いに敗北。前 700年再帰をはかったが,センナケリブに追われ,前 694年頃南エラムに逃れてそこで没した。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

世界大百科事典(旧版)内のメロダクバラダン2世の言及

【カルデア人】より

…彼らが史料に初めて現れるのはアッシリア王アッシュールナシルパル2世(在位,前883‐前859)の時であるが,その後は歴代のアッシリア王の年代記などに登場する。カルデア人でバビロンの王座につくのはヤキン族出身のマルドゥク・アプラ・ウスルが最初と思われるが,前8世紀後半アッシリアに抵抗して2度もバビロン王となったメロダクバラダン2世(マルドゥク・アプラ・イッディナ)は特に有名である。カルデア人は軍事的には強くなかったが,ナツメヤシの生産やペルシア湾貿易のおかげで経済的には豊かであった。…

※「メロダクバラダン2世」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

今日のキーワード

カイロス

宇宙事業会社スペースワンが開発した小型ロケット。固体燃料の3段式で、宇宙航空研究開発機構(JAXA)が開発を進めるイプシロンSよりもさらに小さい。スペースワンは契約から打ち上げまでの期間で世界最短を...

カイロスの用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android