モラービア(読み)もらーびあ(その他表記)Alberto Moravia

日本大百科全書(ニッポニカ) 「モラービア」の意味・わかりやすい解説

モラービア
もらーびあ
Alberto Moravia
(1907―1990)

イタリアの小説家。本名アルベルト・ピンケルレ。11月28日、ローマの裕福なブルジョアジーの家に生まれ、終生ローマ市内に住んだ。骨髄カリエスのために9歳から9年間の闘病生活を強いられ、その間の内外の古典の濫読、まったくの独学が、作家形成の原形質となった。1920年『18編の叙情詩』を自費出版。1929年、処女長編『無関心な人びと』を、これも自費出版した。イタリア出版界始まって以来の話題作となった同作は、しかし、思想的ならざる冷徹な視線が暴く、より本質的な政治性ゆえにファッショ当局によって第五版で没収された。さらに長編第三作『仮装舞踏会』(1940)も没収され、モラービアは執筆禁止の苦境に追い込まれる。イタリア休戦からローマ解放までの10か月間、モラービアはナチ・ファシストの追及を逃れてチョチャリーア地方の農家の納屋に隠れる生活を余儀なくされる。少年期の大病に次いでファシズムとの確執が彼の文学に与えた意味は大きく深い。

 解放後は『アゴスティーノ』(1945)、『ローマの女』(1947)など1940年代の秀作によって内外に現代イタリア文学を代表する作家としての地位を確立した。1950年代に入ると、処女作以来の主題であるブルジョアジーの性関係への探究に、戦争体験を経て深まった歴史、政治への省察が織り合わされた、『コンフォーミスト』(1951)、『軽蔑(けいべつ)』(1954)、『ふたりの女』(1957)、短編集『ローマ物語』(1954、1959)などが生まれた(なお、モラービアの作品は1952年、「猥褻(わいせつ)」を理由に教皇庁の禁書目録に載せられた)。この時期から作家の多才が各方面に発揮され、四作の芝居の発表、ソ連インド、中国への旅行記の刊行、文学雑誌『ヌオービ・アルゴメンティ』(1953発行、1966年からパゾリーニと共編)、大手新聞への定期執筆、週刊誌上の映画批評の執筆などが相次いだ。こうした政治、社会、文化のアクチュアルな問題への彼の発言は、『目的としての人間』(1964)、『映画館で』(1975)、『嫌々ながらの参加』(1980)などの評論集にまとめられる。1960年代から1970年代にかけてモラービアは、サングイネーティら、いわゆる「63年グループ」の異議申し立てを受け止めながらも、一貫して批判的リアリズムの立場を崩さず、変貌(へんぼう)するイタリア社会への鋭い解剖をもとに、長編だけを取り上げても(モラービアには多くの独自な短編集がある)、1960年刊の『倦怠(けんたい)』から『関心』(1965)、『わたしとあいつ』(1971)を経て『深層生活』(1978)まで、実験へ一歩踏み出した手法を取り入れつつ、その作品世界をつねに前進させてきた。1980年代に入っても、『1934年』(1982)、短編集『そのこと』(1983)、『視る男』(1985)の証明するように、その豊饒(ほうじょう)な創作力がさらに射程を延ばしていたことは特記に値する。モラービアは1959年から1962年まで国際ペンクラブ会長を務め、日本にもたびたび訪れている。仮借ないペンの威力によって、イタリアでもっとも有名でありながら、もっとも不人気の作家であった、――それは決して不名誉ではない――モラービアは、1990年9月26日、処女作以来見事に変わることのなかった成熟した作家としての一生を終えた。「ボッカチオ以後、もっとも大きな作家」(プレッツォリーニ評)、「ピランデッロ以後、国外で他のだれよりも名声を博した作家」(G・コンティーニ評)と評されるモラービアの作品は、長・短編を問わず、ほとんどが邦訳されている。なお、最初の夫人モランテ、さらに次の夫人D・マライーニも作家である。

[古賀弘人]

『河島英昭訳『関心』(1968・新潮社)』『河島英昭訳『わたしの中国観――文革中国を旅して』(1971・サイマル出版会)』『河島英昭訳『ローマ物語』全2冊(集英社文庫)』『大久保昭男訳『ふたりの若者』(角川文庫)』『大久保昭男訳『ローマの女』上下(角川文庫)』『大久保昭男訳『不機嫌な作家』(1980・合同出版)』『千種堅訳『深層生活』(1980・早川書房)』『千種堅訳『1934年』(1983・早川書房)』『A・モラヴィア、A・エルカン共著、大久保昭男訳『モラヴィア自伝』(1991・河出書房新社)』

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