リンボへの降下(読み)リンボへのこうか(その他表記)Descent into Limbo

改訂新版 世界大百科事典 「リンボへの降下」の意味・わかりやすい解説

リンボへの降下 (リンボへのこうか)
Descent into Limbo

聖書の正典中には明確に語られていないが,新約外典の《ニコデモによる福音書》に詳述されているイエス・キリスト伝中の説話。キリストは〈埋葬〉と〈復活〉の間に〈リンボ〉に降り,彼が福音をもたらす以前に生きた正しき人々を救い出して,天国に連れのぼる。なお,リンボとは〈縁〉を意味するラテン語のlimbusに由来し,地獄と天国との中間にある霊魂の住む場所をいう。リンボには,キリスト以前に死んだ義人の霊魂が住む〈父祖リンボ界limbus patrum,limbo of fathers〉や,洗礼を受ける前に死んだ幼児の霊魂が住む〈幼児リンボ界limbus puerorum,limbo of infants〉がある。

 この説話はビザンティンと西欧の美術において中世の比較的早い時期(700ころ)から表現された。ビザンティンでは〈アナスタシスanastasis〉と呼ばれ,死または地下世界に対する勝利という共通の意味をもつゆえに,キリストの〈復活〉を表す主題として用いられた。西欧では,受難伝中に属し,〈復活〉とは別個に表現される。キリストは右手に復活の十字架杖を持ち,破壊された地獄の扉とその下敷になったサタンを足に踏み敷きながら,もう一方の手で人祖アダムの腕をつかみ,リンボから救い出そうと引き上げている。アダムの背後およびキリストの周囲には,アダムの妻イブや彼らの子カイン,ダビデソロモンなど旧約聖書の人物が並んで救出を待っている。彼らはビザンティンにおいてはつねに衣を着けているが,西欧では〈最後の審判〉のときに復活する人々のように裸体で表されることが多い。ほかに,救世主の到来を予告するために先ぶれとして訪れたバプテスマヨハネ,キリストとともに処刑されたよき盗賊の姿なども見いだされる。西欧の中世後期には,リンボはしばしば地獄と同じように怪物リバイアサンの口で示唆される。ダンテは《神曲》地獄篇第4歌にその情景を歌っている。
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

世界大百科事典(旧版)内のリンボへの降下の言及

【復活】より

…また復活後,マグダラのマリアの前に現れるキリスト(〈ノリ・メ・タンゲレNoli me tangere(我に触るるな)〉)によっても〈復活〉が示唆されることがある。ビザンティン美術においては,〈キリストのリンボへの降下(アナスタシス)〉が〈復活〉に代わって用いられた。西欧においては,中世後期から,墓の中から復活するキリスト自身を明示する表現が主流となる。…

※「リンボへの降下」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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