日本大百科全書(ニッポニカ) 「ルコント」の意味・わかりやすい解説
ルコント
るこんと
Patrice Leconte
(1947― )
フランスの映画監督。パリ生まれ。1967年IDHEC(フランス国立高等映画学院。現フランス国立映画学校FEMIS)に入学。漫画家としても活躍しながら、多くの短編映画を手がけた後、マルセル・ゴットリーブMarcel Gotlib(1934―2016)の漫画をもとに最初の長編映画『便所は中から閉まっていた』Les Vécés étaient fermés de l'intérieur(1975)を監督した。カフェ・テアトル(小劇場を兼ねたカフェ)の喜劇を取り入れた第二作『レ・ブロンゼ/日焼けした連中』(1978)、つづく第三作『レ・ブロンゼ/スキーに行く』(1979)が記録的成功をおさめ、ジャン・マリー・ポワレJean Marie Poiré(1945― )などが確立する「カフェ・テアトル的軽喜劇映画」という新しいジャンルの先駆けとなった。以後『髪結いの亭主』(1990)まで一貫して、ミッシェル・ブランMichel Blanc(1952 ― )、ジェラール・ジュニョーGérard Jugnot(1951― )、ティエリー・レルミットThierry Lhermitte(1952― )、クリスチャン・クラビエChristian Clavier(1952― )、ジェラール・ランバン Gérard Lanvin(1950― )といったカフェ・テアトル出身の俳優をスクリーンに登場させる。しかし作品の幅はカフェ・テアトル的軽喜劇にとどまらず、『スペシャリスト――カジノ金庫強奪大作戦』(1984)ではアクション映画を手がけ、『タンデム』(1986)では喜劇のなかに皮肉な面をもつ作品世界を示している。シムノンの原作をジュリアン・デュビビエが『パニック』(1946)として映画化した後に再映画化した『仕立て屋の恋』(1989)、つづく『髪結いの亭主』では、その作風をシリアスなドラマで開花させ、オールラウンドな映画作家としての地位を確かなものとした。その後発表されたルイ16世時代の宮廷における洗練の行きすぎを風刺した歴史物『リディキュール』(1996)は、予想外の興行的成功と批評家の高い評価の両方を得た。また『ハーフ・ア・チャンス』(1998)は、アラン・ドロンとジャン・ポール・ベルモンドの『ボルサリーノ』(1969)以来30年ぶりの再共演によるハード・アクション、『橋の上の娘』(1999)は白黒の恋愛映画と、1作ごとに作品の幅を広げている。
[芳野まい]
『Patrice Leconte; Je suis un imposteur(1998, Flammarion, Paris)』