食物の調理を業とする人をいう。しかし〈料理〉の語には,もともと食物を調理する意はなく,日本に移入された漢語がそうであったように,物事の処理というのが現代にいたるまでの中国の用法である。日本では平安初期ころから現在と同じ意味で〈料理〉の語を用いるようになっているが,料理人の語は室町時代になってから見られるようになる。以下,この項では中国,日本,ヨーロッパに分けて,料理人の職掌やその歴史などについて略述する。
→料理
肉を割きこれを烹(に)る意味から引伸した割烹(かつぽう)の語は,料理を意味する例として烹飪(ほうじん)の語とともに先秦の文献にすでに使われている。料理人などにあたる中国語で現代もっとも一般的なのは,厨師(ちゆうし)または厨子である。近年,炊事員という呼称も一般的になっている。灶(竈)(そう),つまりかまどを管理する人という意味で,掌灶児的という表現もあるが一般的ではない。
〈君子,庖厨を遠ざく〉といったのは孟子であるが,それはあくまでも君子の世界での事がらである。庖も厨も台所のことである。庖人,膳夫などといわれた料理人は男子の職であった。周代の官制を理想的に記す《周礼》によれば,王の飲食をとりしきる膳夫をはじめとして,王の食用の六畜,六禽,六獣を管理する庖人など,分掌による料理関係の人員が2332人にものぼる。膳夫の語は,唐代の《膳夫経》や北宋から南宋にかけての料理書《膳夫録》などの書名になごりを残す。日本では庖丁は料理用の刃物のことであるが,もともと庖丁(ほうてい)とは丁という名の料理人のことである。庖丁の逸話は《荘子》養生主篇で名高い。庖丁は,梁の文恵君(梁王)と解牛の問答をなして,〈今,臣の刀は十九年,解せしところは数千牛,しかも刀の刃は新たに硎(けい)(といし)より発せしが若(ごと)し〉といった。屠牛(とぎゆう)の名人であったのである。これより転じて料理人の名人を表す語となった。しかし中国では日本と違って料理用の刃物は菜刀とはいうが,庖丁とはいわない。
中国料理の歴史はその文明史とともに古く,したがって湯王の妃の料理人から湯王に見いだされ宰相になった伊尹(いいん)をはじめとして,史冊に名をとどめる料理人も少なくない。日本でも人口に膾炙(かいしや)する料理人としてまず屈指しなければならないのは,易牙(えきが)であろう。春秋時代の斉の桓公(かんこう)の料理人で,調味の天才であった易牙に関する話柄は,《左氏伝》をはじめ幾つもの史料にみえるが,《管子》小称によれば,桓公が嬰児(えいじ)を蒸したものはまだ味わったことがないといったところ,易牙は自分の長子を蒸して公の膳にすすめたという。このため料理人の風上にも置けぬとの批判もあるが,明代の万暦年間(1573-1619)に《易牙遺意》という有名な料理書がでていることからもわかるように,料理人の祖師の一人として称揚されている。
中国における職業としての料理人は,大きくいって民間の民厨と宮廷・官衙(かんが)の官厨にわかれるであろう。宮廷に奉仕する官厨はひとたび召しかかえられれば,生涯宮仕えを強いられる不自由な存在で,御膳にそそうでもあれば死をも覚悟しなければならなかった。民間では,高官,富豪の屋敷で腕を振るった家厨はもとより,都市の発達に伴って飲食業も繁栄し,名料理人が輩出した。北宋の汴京(べんけい)(開封)の第1等の酒肆(しゆし)は,〈飲徒,つねに千余人〉といわれ,多くの料理人の手になる珍品名菜が酒客の舌を満足させた。そして南宋の臨安(蘇州)の王立は〈烤鴨(こうおう)の美手〉として知られ,杭州の女料理人である宋五嫂は羹(あつもの)づくりで名をなし大繁盛した。
後の時代にも料理書などに名をとどめた厨師は多いが,清の袁枚の著《随園食単》のところどころにその豊富な経験が生かされている王小余は,袁家の家厨で,袁枚の筆になる〈厨者王小余伝〉が残る名料理人であった。なお民国時代の調査によれば,このころの料理人は,厨行という同職組合を結成していた。その起源はいつの時代にさかのぼるかつまびらかにしないが,彼らは職業神として竈君(そうくん)(竈神(かまどがみ))をいただき,竈君の生誕日とされる旧暦の8月3日には竈君廟(びよう)に参詣したという。
執筆者:田中 静一
古く日本では料理人のことを膳部(膳夫)(かしわで)といった。記紀にはしばしば膳夫の語が見られ,日本武尊の東国遠征や景行天皇巡幸の記事には七拳脛(ななつかはぎ)や磐鹿六鴈(いわかむつかり)が膳夫として随行したと記されている。令制下の大膳職,内膳司,春宮坊主膳監には調理,饗膳(きようぜん)のことに従う膳夫が所属し,磐鹿六鴈を祖とする高橋氏は代々内膳司の長官に任ぜられた。平安末期ころから庖丁者(ほうちようじや),庖丁人といったことばが現れてくる。《徒然草》の園別当入道(そののべつとうにゆうどう)藤原基氏の話に見られるように,伝統的な規式によって魚などを切りうる人を指したことばで,それが料理の名人と同義であったことは,まさしく日本の料理のありようを象徴するものであった。庖丁人はやがて職業的料理人をいうようになるが,その料理人の心得として《今川大双紙》は魚鳥の味のよいところを主人や上座の人に勧めるべきだとか,鳥の焼物でもも肉と胸肉を同時に供する場合は,美味なもも肉を前に盛りつけるべきで,それが〈秘事〉だなどといっている。こうした状態の中で,礼法などとともに料理の流派が形成されてくると,宮廷方の四条家がその大宗ともいうべき位置を占め,どういう伝承によったものか,藤原山蔭(やまかげ)(824-888)が日本料理の祖とされ,山蔭中納言四条政朝という奇妙な呼び方をされるようになり,前記の園別当入道をもこれと並記する書が現れるようになった。
日本の料理人が,料理人本来のしごとをなしうるようになったのは,江戸後期に町人層が十分に力を蓄積してからと思われる。安永~天明(1772-89)ころ全盛を誇った江戸洲崎の升屋宗助,それに対抗した樽屋三郎兵衛,享和(1801-04)ころから台頭した八百善の八百屋善四郎などは,その料理が一部特権階級だけのものだったとしても,日本料理の味覚の質を向上させたといえる。現在の日本では和風料理店の料理人を板前と呼んでいる。まないたに向かう人の意で,このことばは江戸後期から使われ始めた。また,調理師という資格があるが,これは公衆衛生面の管理だけを問題にしたもので,フグを扱う場合を除いて飲食店営業を行うための必須条件ではなく,もちろん提供する飲食物の味についてのなんの制約もないのである。
執筆者:鈴木 晋一
フランス料理がヨーロッパ中を席巻して久しく,おおむねどの国においても,大所帯の調理場では,19世紀末ころ大料理長オーギュスト・エスコフィエ(1846-1935)によって確立された組織に準拠して,次のような職分を受け持つ。肉料理全般とそのソースはソーシエsaucier,魚料理全般とそのソースはポアソニエpoissonnierの担当であるが,肉・魚・家禽(かきん)・野鳥獣などのローストやグリル,揚物はロティスールrôtisseurが担当する。また野菜料理,ポタージュや卵料理はアントルメティエentremétier,材料の購入・保管・仕込み,冷たいオードブルはガルド=マンジェgarde-manger,菓子・デザートはパティシエpâtissier(場合によってはこれは料理人の中には数えないこともある)で分担する。
古代(ギリシア・ローマ)の初期には,客をもてなすのに主人がみずから牛をほふって焼いており,職業人としての料理人の姿は認められない。社会・制度の安定に伴い,ギリシアでは自由民の身分で,ローマでは奴隷の身分で,職分を分担する料理人の存在が見られる。中世の社会情勢が不安定な時期には,料理の技術は修道院の中で守られたとされているが,中世以降の西ヨーロッパの料理人には並行して二つの系譜が見られるようである。一つは王侯貴族(後にはブルジョアも含める)に仕えるものであり,いま一つは街中の不特定多数の顧客を対象とする料理人である。前者で後世に名を残した最初の人は14世紀にフランス王に仕えたタイユバン(1312?-95)であり,この系譜の料理人は18世紀の貴族社会,19世紀の帝政時代にその全盛期を迎えている。後者は,13世紀ころから各種の団体(組合)のあったことが認められている食品加工業者に始まり,わが国でいう仕出し業的なトレトゥールを経て,フランス革命を契機として盛んになったとされるレストランの隆盛に伴い,その職業を確かな存在とし,現在では料理業界の中心となっている。
執筆者:辻 静雄
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
…つまり,だしは油脂不足の弱点を補うためのものであったが,同時に油脂の多用による味の平均化を防ぐことになり,材料の持味を生かすことを特徴とする日本料理に大きな役割を占めることになった。
[流派とその役割]
基本的な調理法というのは自然発生的なものであるが,それを洗練し,新しい手法を開拓したのは料理人である。もっとも新手法の開拓といっても,それはほんの一部に限られ,しかも調理器具の改善や新案があってのことであった。…
※「料理人」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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