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便所 べんじょ lavatory; toilet; water closet

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

便所
べんじょ
lavatory; toilet; water closet

排泄をする場所。トイレ,お手洗い,化粧室ともいわれる。世界各地にその文化とともにさまざまな様態,構造が存在する。日本では古くは樋殿 (ひどの) ,川屋 (厠,側屋とも書く) ,雪隠 (せっちん) ,東司 (とうす) ,西浄 (さいじょう) ,後架 (こうか) ,手水場 (ちょうずば) ,ご不浄,憚 (はばかり) などと呼ばれた。

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デジタル大辞泉の解説

びん‐しょ【便所/×鬢所】

中世、将軍や貴族の邸宅で、髪を整えたり衣服をあらためたりした室。

べん‐じょ【便所】

大小便をするために設けられた場所。雪隠(せっちん)。厠(かわや)。はばかり。手洗い。トイレ。

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百科事典マイペディアの解説

便所【べんじょ】

大小便をする所。古くは川を利用したところから厠(かわや)といわれた。ポンペイ遺跡には水洗形式と考えられるものがあったといわれるが,日本では服装の関係から広い空間の便所が上流階級で発達した程度で,衛生的改良は遅れ,消化器系伝染病の罹病率が高いことの一因となってきた。

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世界大百科事典 第2版の解説

べんじょ【便所】

世界の食文化にさまざまなかたちがあるように,排泄の場所である便所にも同様の差異がある。諸民族間の差はもちろんであるが,同民族内の時代差もあり,かなり多様である。また便所の構造は諸民族間における排泄行為に対する羞恥心とも関連し,未開とか文明とかの尺度で構造の特徴を論じられるものでもない。 大・小便の処理方法は火葬,土葬,水葬,風葬という人類の死体処理の方法と一致すると言われている。たとえば,大便を家の壁などに塗りつけて乾燥させて燃料にする,土を掘って排便後土をかぶせる,海や川の水に流す,また土や砂の上に排便してそのままにしておく,放置した大便をブタに食べさせる,などの方法である。

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大辞林 第三版の解説

べんじょ【便所】

大小便をするための施設。かわや。はばかり。雪隠せつちん。後架こうか。手洗い。トイレ。

出典|三省堂
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

便所
べんじょ

大小便をするためにつくられた建物、あるいは建物内の施設。古くは「かわや」といった。また、はばかり、雪隠(せっちん)、後架(こうか)、東司(とうす)、西浄(せいちん)ともいった。現在は、トイレ、お手洗い、化粧室などとよぶことが多い。かわや(厠)は、川屋あるいは側屋と書き、大小便をするための建物を川の上につくって排泄(はいせつ)物を川に流したから、あるいは、家のかたわらまたは家から張り出して大小便をするための建物をつくったことから、その名が生まれたといわれている。[平井 聖]

歴史


日本
歴史的には、平安時代の大内裏(だいだいり)において、内裏の外の北東隅に御樋殿(おひどの)がつくられているのが具体的に記録に現れる早い例であろう。御樋殿とは、便器のことをさす樋筥(ひばこ)を扱う場所のことである。『延喜式(えんぎしき)』にみられる大嘗会(だいじょうえ)には御厠殿があり、悠紀(ゆき)院・主基(すき)院ともに垣で囲まれた地域の中の正殿のある一画の中、悠紀院では南東の隅に、主基院では南西の隅に建っていた。その規模は、ともに長さ1丈、広さ8尺、高さ7尺で、扉のある建物であった。また逆に、厠の持ち運びできる物として、便器を「おかわ」といった例も、平安時代に認められる。
 中世の初めに禅宗とともに伝えられた禅宗寺院建築には、中心となる伽藍(がらん)の中に便所の建物も含まれていた。山門から東西に始まる回廊が北に折れるところに便所と浴室が設けられたが、東側に設けられたときには東司、西側に設けられたときには西浄とよばれた。禅宗では便所の作法も修行とされている。戦国時代の遺跡である福井県の朝倉遺跡では、武家屋敷の便所が出土している。おもな建物のそばに独立して設けられた便所は、掘りくぼめられた溜(た)めますの上に建ち、木製の羽子板形の「きんかくし」が使われていた。『洛中(らくちゅう)洛外図』屏風(びょうぶ)に描かれた中世の京の町屋では、周囲を町屋が取り囲む一町四方の区画の中の空き地に独立した便所があり、その区画の人々がこの便所を共用していたと考えられる。
 江戸時代に入ると、幕府の本拠である江戸城をはじめとする武家屋敷、内裏をはじめとする公家(くげ)屋敷に図面が伝えられているものがあり、寺院の釈家(しゃっけ)住宅、町屋や農家の遺構がみられるようになる。武家屋敷、公家屋敷、釈家住宅では、主要な建物に付属するように小便所と大便所が組になって建てられた。屋敷内の長屋や局(つぼね)では、それぞれの区画ごとに便所が設けられることはなく、一つの小便所といくつかの大便所をまとめて、近接した位置に独立した小さい建物を構成することが多かった。
 近世の町屋では、通り庭が裏庭にまで及んだところに、小便所一つと大便所1ないし2が並んで設けられた。農家では、小便所一つと大便所一つを、母屋から独立した一つの建物として設けるのが普通であった。そのほか、町屋・農家ともに客座敷を設ける場合には、客座敷の裏手に小便所と大便所を設けている。町屋の裏長屋では、一軒一軒に便所を設けることはなく、裏長屋の建つ1区画の内の1か所か2か所に、一つの小便所といくつかの大便所を並べている。この便所を惣後架(そうこうか)とよんでいるが、京・大坂の上まで間口いっぱいに扉のあるのに対して、江戸では扉の高さがしゃがんで隠れる程度しかない。
 茶室では、露地に砂雪隠(すなぜっちん)を設けている。
 明治以後の都市住宅では、初め座敷の裏手に上(かみ)便所、居室の近くに突き出すように家族のための下(しも)便所を設けていたが、しだいに建物の中に組み込まれるようになった。構造的にはくみ取り便所で、近郊の農家が肥料としてくみ取っていた。大正期ごろから浄化装置がくふうされ、水洗便所が使われ始めるが、本格的に浄化槽付きの水洗便所が奨励されるようになるのは、第二次世界大戦後のことである。また、明治以降、洋風の腰掛け式の便器も使われるようになるが、普及するのは近年である。和風便器を使って、便所のスペースを節約した形式に、列車に設けられた大小便兼用の便所があり、汽車便式とよばれて、昭和に入ると住宅にも取り入れられるようになる。洋風便器も、大小兼用することができることと健康上の利点から、しだいに広まっている。[平井 聖]
外国
古代ローマで腰掛け式の水洗便所が使われていたことが、ポンペイほかの遺跡で確認されている。中世のヨーロッパの城郭では、城壁の中あるいは城壁から張り出して腰掛け式の便所をつくり、下水とともに排泄物を流すか、城壁の外へ直接排出するようにしていた。
 近世になって、たとえばフランスのベルサイユ宮殿では、18世紀の初期から腰掛け式の水洗便所がたびたびつくられていた。しかし、庶民階級はもちろん、宮殿においても一般的には腰掛け式の便器や尿瓶(しびん)が使われていて、朝になると排泄物がしばしば道路のような公共的な場所に捨てられたことが記録や物語からわかる。
 近代的な水洗便所は、給排水の設備が都市に完備するようになってからのことで、20世紀にイギリスでとられた特許をはじめとして、さまざまなくふうがみられるようになる。
 ヨーロッパでは便器は腰掛け式が一般的であるが、公衆便所その他の公共的な場所では、しゃがむ形式のトルコ式便器も使われている。
 中国では、漢代の明器(めいき)にこんとよばれた便所の形式を、すでにみることができる。[平井 聖]

構造

構造形式によって、流水の浄化作用を利用する厠(かわや)、樋筥(ひばこ)で大便を受ける樋殿(ひどの)形式のもの、排泄物を砂で覆い清め、砂ごと取り除く砂雪隠(すなぜっちん)のような砂便所、糞尿(ふんにょう)を肥料とするため戸外に別室を設けたくみ取り便所、くみ取り便所を改良した改良便所、排泄物を下水処理場で浄化処理する水洗便所などがある。
 日本では古くから、しゃがんで用を足す和式が主流であったが、公団住宅が1958年(昭和33)に大阪の団地300戸に初めて腰掛け式の洋風便器を設置して以来、急速に普及し、公団住宅のうち92%が洋式になっている。この影響は一般住宅にも及んでおり、洋式の比率は55%に達するとする調査結果もある。高度成長期の昭和40年代までは、和式、洋式にかかわらず、水洗便所(ウォーター・クロゼットwater closet略してW.C.)は高い文化水準を表す理想のトイレと考えられてきた。その普及とともに、便所は住まいの「不浄」の場、世に「はばかる」場から、居間や寝室と同じ重要さで考えられる場へと変わった。とくに、洋式水洗便所の普及に伴い、座る姿勢が楽になり、臭気もさほど気にならなくなったため、便所のある空間、すなわちトイレに個室としての魅力を感じる人が増えてきている。こうした動きを反映し、書棚や飾り棚を設けたり、障子を入れて床の間風に仕上げたものなど、新しいタイプのトイレも提案されている。
 水洗便所は、下水管と汚水処理場をもつ下水道か、屎尿(しにょう)浄化槽を必要とする。便器に落とされた排泄物はそのつど下水に流され、下水を通って汚水処理場に集められ、一括して浄化処理されるか、もしくは、浄化槽に導いて浄化したのち、下水、川、池などに流される。したがって、このような設備のない地域では、水洗便所を設けることを法律で禁じている。
 排泄という行為は、個人的な要素の強いものであり、家族はもちろん、来客にとってもいつでも必要性を迫られる。そのため、便所は、寝室などの個人的なスペースと、居間などの社会的なスペースの両方に直接結び付いていることが望ましい。成人の大便に要する広さは、和式で40センチメートル×60センチメートル、洋式で60センチメートル×80センチメートル程度となっているが、一般には手洗いシンク、ペーパーホルダーなども含めて、和式では80センチメートル×100センチメートル、洋式では80センチメートル×120センチメートルというのが、トイレの最小規模とされている。
 家庭用の便所では、洋風腰掛け便器が主流で、サイホンボルテックス、サイホンゼット、サイホンなどの洗浄方式は、留水面が広く、臭気が少ないうえ洗浄音も静かだが、洗落し式や洗出し式は価格は安いものの、騒音、留水面の大きさなど性能面で劣る。
 下水道や汚水処理施設などの整備が遅れており、浄化槽からの放流も認められていない別荘地などでは、少量の洗浄水ですむ簡易水洗便所が用いられる。また、寒冷地向けに、便器や配管の中の水の凍結を防ぐため、ヒーターによる加熱、水抜方式、流動方式の便器も開発されているが、信頼性、操作性、経済性の面で課題が残っている。
 近年、便座にもさまざまなくふうが施されるようになってきている。ヒーターを組み込んだり温風が吹き出す機能を加えたものや、スイッチを押すと温水が噴き出して洗浄するものなどである。しかし、こうした機能の複合化が進む一方で、水洗便所は、下水道・下水処理施設の増設、処理能力や水資源の浪費などの点で不安材料が指摘されている。これにかわるものとして注目を集めているのが、ドライ・クロゼット(D.C.)方式である。排泄物の水分を乾燥装置で取り去り、処理槽内のバクテリアなどの微生物で分解させるというもので、水を使わない便所が台頭する日もそう遠くない。[中村 仁]

民俗

便所に関する注目すべき習俗に便所神の信仰があり、中国にも似たような慣習がある。センチ神、厠(かわや)神、便所神などとよび、便所新設の際には、魔除(よ)けと称して紙製の夫婦一対の人形を甕(かめ)の下に埋めたり、便所の隅に棚を設けて藁(わら)でつくった人形を祀(まつ)る所もあり、御神体など置かず、ただ枡(ます)と線香立てぐらいを置く所もあった。茨城県筑西(ちくせい)市では、6月26日をチヨズバギオンといって、うどんをつくって便所神に供えるが、そのとき、紙で女の人形をつくって供える。便所神は出産と深い関係があって、妊婦がよく便所掃除をしていれば美しい子供が生まれるという俗信は全国的である。宮城県では奉公さんという人形(堤(つつみ)人形)をつくって便所の隅に置くと、いつも便所を清潔にしてくれると信じられていた。関東から甲信越地方にかけては、嬰児(えいじ)が初めて外に出る日、「便所参り」ということをする。お散供(さんぐ)(洗米)を持って便所の神にお参りするのであるが、自家だけでなく近隣の便所を拝んで回る地方もある。[高野 修]
『李家正文著『住まいと厠』(1983・鹿島出版会) ▽バーナード・ルドフスキー著、奥野卓司訳『さあ横になって食べよう――忘れられた生活様式』(1985・鹿島出版会) ▽岡並木著『舗装と下水道の文化』(1985・論創社)』

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世界大百科事典内の便所の言及

【辻】より

…辻には通行人の利用しあう設備も置かれた。路傍にある共同の井戸を辻井戸,町かどにある共同便所を辻便所といった。また,延宝年間(1673‐81)の京都にはやった辻風呂とは,風呂桶を路上にもってきて料金をとって入浴させたもので,元禄年間(1688‐1704)に居風呂(すえふろ)をかつぎ歩き,銭3文をとって入れた〈荷い風呂(にないぶろ)〉と同じ風俗である。…

【尿】より

…近代歯科学の祖であるフランスのフォーシャールPierre Fauchard(1678‐1761)は歯痛に自分の尿でうがいすることを推奨している。若い男女の尿には性ホルモンが多いので,現代でも自衛隊の便所から尿を集めて男性ホルモンを抽出精製している。一方,日本には木や川やミミズに小便をかけると陰茎がはれるとか,カエルにかけるといぼができる,火事に向かって小便すると腰が抜けるなどの俗信も多くあり,いずれも場所柄をわきまえない放尿を戒めている。…

【糞】より

… 糞はまた,古代中国では豚など家畜の飼料としても利用された。柵をめぐらせて豚を飼い人糞で育て,後にはここに厠を設けたので,便所を意味する〈圂(こん)〉や〈溷(こん)〉の字がある。人糞に残った栄養物をなお消化しうるから豚が食べるわけで,落ちてくる糞を豚が待つ厠は,かつて大陸から琉球,台湾,さらにフィリピンにまで伝えられた。…

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