無声映画時代のアメリカのコメディアンで,チャップリン,キートンとともに三大喜劇王と呼ばれる。ネブラスカ州バーチャードの写真屋の子として生まれ,旅回り劇団の端役から映画のエキストラをへて,やがてエキストラ仲間だったハル・ローチHal Roachの設立したロリン・フィルム社で短編喜劇〈ロンサム・リューク〉もの100本余りに出演する。そしてそののち,当時アメリカの都会のどこにでも見られたグレーのフランネル・スーツにストロー・ハット,丸い眼鏡(のちに〈ロイド眼鏡〉と呼ばれるトレードマークになった)というスタイルの新しいキャラクターをつくり出し,チャップリンの亜流のイメージから脱却する。その後パテー,パラマウントと契約して長編《要心無用Safety Last》(1923),《ロイドの人気者The Freshman》(1925)等々,正義派の青年を主人公とし,喜劇としての〈芸〉よりもアイデアと構成,軽快なテンポではらはらさせながら見せるロイド喜劇を次々に生み出して,それらはいわば典型的なアメリカ小市民の楽天主義を代表するものとなっている。
ときにはチャップリンやキートンをしのぐ人気をえたものの,トーキー時代に入って低迷,《足が第一》(1930),《ロイドの活動狂》(1932)などをつくったが,時代の要求との間にギャップが生じ,1940年代に引退を余儀なくされた。52年に〈喜劇王〉および〈善良な市民〉としてアカデミー特別賞を贈られ,古い作品を編集してまとめた《ハロルド・ロイドの喜劇の世界》(1962),つづいて続編《ロイドの人気者Funny Side of Life》(1963)が公開された。70年代になって旧作のリバイバル公開もされている。
執筆者:柏倉 昌美
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アメリカの映画俳優。ネブラスカ州バーチャード生まれ。エキストラをしていた1914年、後の名プロデューサー、ハル・ローチと知り合い喜劇役者となる。16年、ボストン型のいわゆるロイド眼鏡にカンカン帽、フランネルのスーツを着たキャラクターを創造し、現実離れした扮装(ふんそう)をしたそれまでの喜劇役者と逆に、どこにでもいるアメリカ青年のイメージを押し出した。『要心無用』(1923)、『猛進ロイド』(1924)、『ロイドの人気者』(1925)など、気弱だがまじめで義侠心(ぎきょうしん)のある青年が危険な状況にたたされ、なんとか切り抜けるという役柄を演じて人気を得た。ギャグよりもむしろキャラクターの普遍性でアメリカ喜劇映画に大きな影響を与え、チャップリン、バスター・キートン、ハリー・ラングドンとともに四大喜劇王の1人と数えられた。
[出口丈人]
イギリスの政治家。ケンブリッジ大学を卒業後、弁護士となり、第二次世界大戦ではモンゴメリー将軍の参謀としてノルマンディー上陸作戦に参加。1945年保守党下院議員。供給相、国防相を経て、1955年イーデン内閣の外相に就任。スエズ戦争ではエジプト攻撃にあたって中心的役割を果たした。その後、財務相、国璽尚書(こくじしょうしょ)を歴任、1971~1976年には下院議長を務めた。
[木畑洋一]
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…一般の外航大型船は24時間3交替で当直が行われており,機関室に常時少なくとも2名の当直がいなければならないが,M0の船級船は夜間まったく無人でエンジンを動かすことができ,エムゼロ船という言葉も使われている。 船級協会の中でもっとも古い歴史を有するイギリスのロイドでは,船体に対して100AまたはAの船級符号を与え,機関に対してLMCを,艤装(ぎそう)に対して1を,製造検査に対してはの各符号を与えている。船体については二つのランクがあるが,外航大型船でAだけの船はあまりないようである。…
…また現在においては,このような船舶検査の基本業務以外に,海難に関する統計業務,損傷事故に対する調査や研究業務,国際的な安全基準作成への参加なども行われている。
[船級協会の沿革]
世界でもっとも古い船級協会はイギリスのロイド(船級協会)Lloyd’s Register of Shippingであり,16世紀ころ,ロンドンのロイドEdward Lloydのコーヒー店で海運関係者が集まり,取引や情報交換を行ううちに会員組織が生まれ,やがて保険業務のための船級協会という組織になったといわれる。19世紀に至って各国でそれぞれ船級協会が設立され,イギリスではもう一つの協会ブリティッシュ・コーポレーションBritish Corporation Registerが1890年に設立されたが,やがて第2次世界大戦後はロイドに併合された。…
…チャップリンは,エッサネイ,ミューチュアルと,より好条件の撮影所へ移りながら,自作自演の2巻物を撮り続け,《チャップリンの失恋》(1915)で創造した放浪者のキャラクターを生かし,どたばた喜劇の中に,ドラマ性とペーソスを盛りこむ方向へ歩み始める。当時チャップリンと人気を競ったハロルド・ロイド,バスター・キートンも,その〈個性〉においてはチャップリンにひけをとらない存在だった。ロイドの都会的な明朗さ,シャイな好青年ぶりとクライマックスで一気に噴出する行動力の鮮やかな対照,高層ビルの壁面をよじ登るそのアクロバット的な芸は,〈ロイド眼鏡〉とともに,彼のトレードマークとなった。…
※「ロイド」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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