改訂新版 世界大百科事典 「アナグマ」の意味・わかりやすい解説
アナグマ (穴熊)
Old World badger
Meles meles
太くて短い,がんじょうな四肢をもつ食肉目イタチ科の哺乳類。胴はがっしりとして,吻(ふん)は突出する。全体として穴掘りに適した体だといえる。体長56~81cm,尾長11~20cm,体重10~16kg。体色は上面が灰色,下面および四肢が黒色。頭部は白色の地に,鼻の先端近くから目の周囲,耳にかけて黒色の縞がある。ヨーロッパおよび日本(北海道を除く)を含むアジアの温帯の低地から山地まで広く分布し,主として森林,低木林にすむほか,海岸の崖,畑地,ときには市街地内にも生息する。巣は地中に掘られた長さ10~20m,ときに100mに達するトンネルと,いくつかの巣室からなる複雑な構造のもので,アナグマはそこにふつう群れですむ。巣穴は代々受け継がれ,拡張されるため,ときには小山のようになる。巣室には枯草,麦わらなどの巣材がしかれ,冬の天気のよい朝には,巣材を巣穴の入口に出して干すこともある。巣穴の周囲には排糞のためのくぼみ,日光浴場や遊び場があり,森の採食場へ向かう,はっきりと踏み固められた通路が放射状にのびる。日没後に巣穴から出たアナグマは,通路をたどって採食に出かけ,1km2内外の行動圏を動き回る。雑食性に適した歯をもち,ウサギ,ネズミ,モグラなどの小型哺乳類,両生類,ミミズ,昆虫,植物の根,果実,種子などを食べる。秋には多量の食物を食べて体に脂肪として蓄える。冬は休眠に入るか,あるいは活動量が著しく低下する。嗅覚と聴覚に優れ,肛門腺からは強いにおいの分泌物を出す。交尾期はふつう夏であるが,受精卵の子宮への着床は12月ころまで遅滞し,雌は2~4月に1~5子を巣穴で生む。ヒトを除いて天敵はほとんどない。毛皮としての価値はあまりない。
日本産の亜種ニホンアナグマM.m.anakumaは本州,四国,九州に分布する。別名マミ,ササグマ,アツグマ。ときにはムジナと呼ばれ,タヌキと混同されるが,イヌ科のタヌキは四肢が細く,一見して区別できる。俗にいう〈タヌキ汁〉は〈アナグマ汁〉のことだといわれる。とくに冬の〈アナグマ汁〉はアナグマの脂肪とみその味が溶け合って美味とされた。かつては実用と道楽を兼ねて,巣穴を掘ったり,イヌに追わせたりして,アナグマ捕りが行われた。
アナグマと呼ばれる動物には,ほかに中国,インド,アッサムなどにすむブタバナアナグマArctonyx collaris,北アメリカのアメリカアナグマTaxidea taxus,ネパール,アッサム,ミャンマーなどにすむ3種からなるイタチアナグマMelogaleなどがある。これらはいずれもアナグマに近縁で,アナグマ同様頭部に顕著な斑紋をもつ。強いにおいを発する肛門腺も同様によく発達している。ブタバナアナグマは,その長く裸出したよく動く吻を,食物を掘り出すのに使うといわれる。アメリカアナグマは単独性で,人家のない所では日中も活動する。おもな食物である地中の穴にすむ齧歯(げつし)類と違って,大きな穴を迅速に掘ることができる。イタチアナグマは森林や草原にすみ,日中は地中の巣穴,または物陰で休み,夕方から活動し,昆虫,ミミズ,果実などを食べる。木にも登り,樹上で休息することがある。
執筆者:今泉 吉晴
伝承,民俗
アナグマは18世紀以前にはブロックbrock(デンマーク語でblok)と呼ばれ,イギリスの地名ブロックホールズをはじめアナグマに由来する多くの地名が生まれたほど多数生息していた。ヨーロッパでは家庭と平和を愛する俗人のシンボルとされ,ドイツ民話には悪賢いキツネを誠意によって改心させるアナグマの話もある。民話面での役割としては日本のタヌキに相当するが,しかし平和や安全が乱されると激しく抵抗する性質ももつ。イギリスではこの性質を利用して,樽や人工の穴に追い込んだアナグマに犬をけしかけていじめる〈アナグマ攻めbadger baiting〉なる遊びも行われた。なお,ダックスフント種dachshundはアナグマ(ドイツ語でDachs)狩り用につくり出された犬である。また,アナグマの脚は山腹を歩きやすいように両側で長さが不ぞろいであるとの伝承があり,英語でbadger-leggedといえば足の長さが違う人を指す。なお,アメリカではウィスコンシン州民をアナグマ,同州を〈アナグマ州Badger State〉と俗称する。
執筆者:荒俣 宏
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報