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アブサロン Absalon

世界大百科事典 第2版の解説

アブサロン【Absalon】

1128‐1201
デンマークの大司教,政治家。パリ大学で神学,法律学を学び,1156年帰国後バルデマール1世の国政に参与した。スラブ系のウェンド人支配下のバルト海域平定を企て,1167年,後のコペンハーゲンの基礎となる城砦をシェラン島東岸の小港に築き,一方,リューゲン島,ポンメルン(ポモジェ)を攻略し,キリスト教を布教した。サクソ・グラマティクスの《デンマーク史Gesta Danorum》は彼の事績を伝えている。【村井 誠人】

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

アブサロン
あぶさろん
Absalon
(1128―1201)

デンマークの大司教。デンマークのもっとも有力な貴族ビゼ家の一員として、シェラン島のフェネスレウに生まれ、幼年時代はバルデマー(後の1世、大王)とともに養育された。1146年神学習得のためパリに赴き、帰国直後の1157年ロスキレ司教に選出された。1160年代、ルンド大司教エスキルEskil(1100ころ―1181)とバルデマー1世との対立では調停役として活躍、1177年ルンド大司教に就任、1191年にロスキレ司教が選出されるまで、デンマーク教会の重要な二つの地位を兼任し、聖俗両界に重きをなした。1150~1160年代ウェンデン遠征を行い、北ドイツやバルト海方面への勢力拡張に成功、デンマークのバルト海政策の基礎を築いた。修道院や教会の建設に力を注ぎ、国王と教会との提携にも努力した。コペンハーゲンの建設(1167)でも有名である。[牧野正憲]

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世界大百科事典内のアブサロンの言及

【デンマーク】より

…バルデマー1世はランスティング(国民集会)の同意を条件に王位世襲の原則を確立した。77年大司教となった乳兄弟アブサロンが,コペンハーゲンの基礎となる港(ハウン)に要塞を築き,バルデマー1世の統治に貢献した。2代後のバルデマー2世Valdemar II(在位1219‐41)の治下,エストニアの攻略や経済上の繁栄により王権は強大化し,1241年にユトランド法を勅認した。…

※「アブサロン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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